5月連載:嬉しい誤算・思わぬ誤算
プロ野球は開幕から各チームとも約30試合以上を消化、明暗がはっきりと分かれてきた。球団最速タイで20勝一番乗りを果たした阪神は投打がかみ合い、佐藤輝明選手ら新人も期待以上の働きで順風満帆のすべり出しなら、スタートダッシュにつまずいた日本ハムは、ここへ来て今度は新型コロナウイルスの陽性者続出で試合すら出来ずに“泣きっ面に蜂”状態だ。
優勝を目指して戦う長丁場。フロントや指揮官の構想通りに事は運ばない。予期せぬ故障者はチーム力を低下させ、対戦相手の研究が進めば前年のデータ通りの戦いも難しい。新戦力がペナント地図をガラッと塗り替えるケースもある。スポーツとは、そうした誤算をどう跳ね返すかの戦いでもある。
虎視眈々と首位浮上を狙うチームから、誤算を跳ね返して上位をうかがう逆襲のシナリオまで、それぞれの台所事情に迫ってみる。
第1回:原巨人の窮地を救った超優良助っ人
「ムチを当てる」。競馬なら騎手が勝負所で愛馬に奮起を促すために使う渾身の一手だ。
先週の中日戦から今週の広島戦にかけて、原監督が選手たちに鞭を当て続けた。
5月1日の中日戦では2三振の丸佳浩選手を途中交代。不甲斐ない打撃に懲罰的な意味合いが見てとれた。3日の広島戦では1点リードの9回に4投手をつぎ込んで逃げ切る。8回からイニングまたぎの中川皓太が一死を取ると、チアゴ・ビエイラに後を託すが連打を許して降板。このピンチに桜井俊貴、高梨雄平が一人一殺で勝利をもたらした。
さらに翌日の同カードでも勝負どころの7回に坂本勇人選手にバントを命じている。ペナントレースが大詰めの局面ならまだしも、5月に入ったばかりのこの時期に鞭の連打は驚くばかりだ。
「当たり前のことをやっただけ。驚くほどのことじゃない」と指揮官は用兵を振り返る。「ワンチーム」を合言葉に掲げ、勝利至上主義を貫く百戦錬磨の将にとって、これくらいは朝飯前である。しかし、こうした思い切った采配の裏にはチームの現状と更なる上昇を促す狙いがあったことは間違いない。
思わぬ出来事の数々
4月30日時点でチームは30試合を消化。16勝10敗4分けで首位・阪神から2.5差の2位は決して悪い数字ではない。ただ、開幕から2週間近くがたった4月中旬でも打線全体の調子は上がらず12試合連続3得点以下の球団ワーストに並ぶ貧打に苦しんだ。
昨年は開幕から13連勝で独走Ⅴの立役者となった菅野智之投手も一時、脚の故障で一軍登録から外れるなど本調子ではない。昨年の守護神、ルビー・デラロサも故障でいない。コロナ禍による丸、中島宏之、ゼウス・ウィーラーら有力選手の戦線離脱も波に乗れない一因となっていた。
どこか、モヤモヤしたチーム状況を打破して5月攻勢をかけようとした矢先に誤算は起こった。新外国人、エリック・テームズ選手の衝撃的な故障だった。
4月27日のヤクルト戦で僚友のジャスティン・スモーク選手と同時デビューを果たした翌日の同カード。「6番・左翼」で先発出場したが3回の守備の際に転倒、右アキレス腱断裂と診断され、手術のため緊急帰国を余儀なくされた。
メジャーで196本塁打のスモークに、96発のテームズは巨人打線をさらに強力にする大砲2門、期待の助っ人がいきなり欠けて青写真は修整を迫られる。ところが、ここで孝行息子が出現する。新外国人の前に吹き飛ばされそうになったウィーラーだ。
苦境で輝きを増す元気者
テームズが故障した時点から代役出場すると猛打が止まらない。6日現在で打率は「.476」。直近の広島戦でも難敵・森下暢仁投手を攻略する4号本塁打に、3番に起用された次戦も先制点をもたらす二塁打と、連勝(1分け挟む)に貢献した。連続試合安打も「14」に伸ばし、コロナ禍の一時離脱などどこ吹く風だ。今や打線になくてはならない存在となっている。
「ハクション大魔王」に似た愛嬌ある風貌といつもハッスルプレーの元気者。昨年途中に楽天から移籍してきたが、外国人選手には珍しく副主将も務めたことがある。野球に取り組む真摯な姿勢が評価されて楽天では将来の幹部候補生という声まであった。
そんなウィーラーの巨人での立ち位置は新年俸からもわかる。楽天時代の2億円から5千万円(推定以下同じ)に急落。つまりは野手としてスモーク(3.1億円)、テームズ(1.25億円)の控え要員の位置づけだった。
それが、今では坂本や岡本和真選手らを凌ぐほど輝いているのだから、こちらは嬉しい誤算と言えよう。
丸を懲罰交代?させられるのも、坂本にバントを命じられるのも、後ろに絶好調のウィーラーがいれば納得がいく。
今年の阪神は予想以上に手ごわい。これ以上離されず逆襲に転じるには、この時期でもチームに鞭を当て、ピリッとさせる必要を原監督は感じ取ったに違いない。予期せぬ誤算を修正して、新たな戦力を生み出すのも指揮官の重要な手腕である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)