白球つれづれ2021~第19回・スーパールーキーの躍動
阪神のスーパールーキー・佐藤輝明選手の勢いが止まらない。
いや、5月に入って衰えるどころか、そのバットはさらに猛威を振るっているのだから空恐ろしい。ついには某スポーツ紙に「輝はミスターや!」の見出しが躍った。
これまでにも「ミスター・タイガース」と呼ばれた田淵幸一、掛布雅之氏ら偉大なOBと比較されてきたが、それを飛び越えて「ミスター」や「ミスター・プロ野球」と尊称される長嶋茂雄現巨人軍名誉監督の名前が引き合いに出された。1958年に立教大から巨人に入団した超大型新人は、いきなり本塁打、打点の二冠王に耀き、新人王も獲得。なるほど、佐藤輝の今のペースは「伝説の天才」をも上回っている。
10日現在(以下同じ)、打率.266はリーグ18位ながら、10本塁打はヤクルト・村上宗隆選手らと並ぶトップタイ。28打点は巨人の岡本和真選手に次いで2差の2位。いささか気は早いが、打撃タイトル二冠を視野に入れている。
5月2日の広島戦でプロ初の4番に起用されると、満塁弾を含む2安打5打点の満点回答。これまで4番を打ってきた大山悠輔選手のコンディション不良もあって「4番の体験入部のようなもの」と語っていた矢野燿大監督だが、期待以上の働きに今や4番から外すのさえ難しい。
4日のヤクルト戦で9号、続く7日のDeNA戦にはドラフト制後最速(33試合目)で10号アーチをかけて首位快走する虎の4番が板についてきた。
試合数にバラつきがあるものの、3月に1割台だった打率は4月に2割6分台。そして今月に入ると「.364」とうなぎ上りだ。
好調の因は苦手の克服と進歩に尽きる。初めて4番に座った広島戦の満塁本塁打は、野村祐輔投手のボール気味に落ちるチェンジアップに上体を泳がされながら下半身の粘りで打った。ヤクルト戦の9号は外角球を左翼スタンドに流し打ったもの。そして10号は苦手とされてきた内角高めの速球を振り抜いている。さらに翌日にはホームランこそ出なかったが、「佐藤シフト」を敷く相手守備陣をぶち破る2安打2打点と中身も濃い。
超えなけれならない多くの壁
開幕直後は本塁打も出るが三振の山。インハイのボール気味の球でも振る。これを見せ球にして低めの変化球をボールゾーンに落とせば簡単に打ち取れた。だが、その弱点を1カ月余りで修正、克服してくるあたりが並みの新人ではない。苦手ゾーンの見極めが出来れば、相手投手の攻めにも甘さが出てくる。一発だけでなく広角に打てば打率も上がってくる。すべてに“プロ仕様”の極意が詰まっている。
開幕から35試合を経て満点以上の働きを見せる佐藤輝。ちなみに阪神の大卒大物ルーキーの記録を紐解いてみる。
東京六大学の本塁打記録を持って入団した田淵幸一は、打率.226、22本塁打に56打点。同じく早大から鳴り物入りでやってきた岡田彰布は、打率.290に18本塁打、54打点で共に新人王に輝いている。彼らレジェンドの1年目の成績は、よほどのことがない限りクリアできそうだ。
しかし、“ミスター”同様にいきなり複数の打撃タイトルを獲得するには超えなければならない壁がある。昨年の本塁打、打点の二冠王である巨人の岡本と、現在最も三冠王に近い男と言われるヤクルトの村上だ。
今季は長く打撃不振にあえいでいた岡本だが、9日のヤクルト戦では右越えサヨナラ逆転本塁打を含む2発で調子を上げてきた。この日の4打点で打点部門のトップ。昨年の31本塁打中14本は中堅より右に放ったもので、右打ちが出てくると本調子に近い。一方、本塁打レースでトップを並走する村上は昨年の出塁率No1。怪物級の飛距離だけでなく、こちらも流し打ちの長打に定評がある。
最近の強打者の条件は、ソフトバンクの柳田悠岐選手も含めて逆方向にも一発の力が求められている。もちろん、セ・リーグでは侍ジャパンの4番・鈴木誠也選手(広島)もいる。外国人ではネフタリ・ソトやタイラー・オースティンのDeNA勢も怖い存在だ。こうした強者に伍して怪物ルーキーがどんな戦いを挑んでいくのか? 夏場を過ぎても好位置をキープできていれば“ミスター越え”も現実味を帯びてくる。
それにしても、大谷翔平が伝説のベーブルースと比較されるように、佐藤輝のバットも数々のレジェンドを思い出させてくれる。歴史の1ページを見ているだけで心は躍る。やはり、この男は凄い。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)