白球つれづれ2021~第21回・完成型の新人左腕
今さらながら、楽天の石井一久GM兼監督は、自らの強運をほくそ笑んでいるに違いない。昨年のドラフト会議。4球団競合の末に大物左腕である早川隆久投手を引き当てたのは、その左腕だったのだから。
24日現在(以下同じ)、首位のソフトバンクと0.5ゲーム差に肉薄する楽天だが、この位置にいられるのも早川の存在抜きにはあり得ない。23日のロッテ戦に勝利してハーラーダービー単独トップに立つ6勝目(2敗)。早川だけでチームに4つの貯金をもたらしている。阪神が同じく怪物ルーキー・佐藤輝明選手の活躍で首位を快走するように、改めてドラフトの成否がクローズアップされるペナントレースの序盤となった。
直近のロッテ戦は、嬉し恥ずかしの白星となった。6回までは5安打2失点とまずまずの内容だったが、7回につかまりレオネス・マーティン選手の14号2ランなどで1点差、ここでKO降板となった。それでも盤石の安定感を誇る救援陣が凌いで早川に6勝目をもたらした。
地元・千葉では初先発。スタンドには両親や友人も駆けつけている。対戦した相手は早大時代の2年先輩の小島和哉投手だった。今や早川の代名詞ともなっているカットボールは小島から伝授されたもの。早大時代は共に主将を務めた左腕の本格派。先にマウンドを降りることはなかったが、満足感はなかった。
新人王へ視界良好か
3月28日の日本ハム戦でプロデビュー。6回を8奪三振無失点の好投で初勝利をマークした。この日の日刊スポーツで評論した上原浩治氏は「オレの新人時代より上」と絶賛している。どの球種も完成度が高い上に、大事な場面で捕手のサインに首を振って自身の要求を貫く。雨模様の楽天生命パークのマウンドがぬかるんでくるとマウンドの整備まで要求。こうしたセルフコントロールが新人離れしていると、レジェンドは見抜いたわけだ。
その後、味方打線の不発もあって、勝ったり負けたりの日々が続いたが、その間に投球の組み立ても変えている。大学時代から150キロ超のストレートにカーブ、スライダー、チェンジアップ、カットボールなど多彩な変化球を駆使していたが、徐々に“プロ仕様”を学ぶ。「精度が低いツーシームなどで打たれたら悔いが残る」と、今ではカットボールとチェンジアップを多投、他の変化球は“封印”するほどだから並みのルーキーではない。
「あんなに安定感のある新人投手はいない。プロで何年もやっているようなマウンドさばき」と、指揮官を唸らせる男の圧巻ピッチングは、5月16日のオリックス戦だった。コントロール、球のキレや伸びも申し分なく、オリックス打線を散発3安打、しかも自ら志願して9回のマウンドに立って1対0の完封をわずか98球で成し遂げる。新人が100球未満で完封は球団初、他球団でも92年ダイエーの若田部健一(現ソフトバンクコーチ)以来29年ぶりの快挙となった。
チームが48試合消化時点で6勝はシーズン17~18勝ペース。新人王へ、視界良好だ。そこで、直近20年のパリーグ新人王を調べてみた。
同じ早大出身で左腕のソフトバンク・和田毅投手が新人王を獲得したのは03年。14勝5敗、防御率3.38。同じ楽天にも大物ルーキーはいた。大卒では13年の則本昂大投手が15勝(8敗)で、チームの初優勝に大貢献している。高卒なら田中将大投手が07年の新人王。11勝7敗、防御率3.82は群を抜いている。
彼らを上回るペースで白星を積み上げている早川だけに、最終ゴールが楽しみだ。仮にこの勢いで新人王を獲得するようなら、チームも必ず優勝争いを繰り広げているだろう。
ゴールデンルーキーの行先は?
24日からはセパ交流戦が始まる。注目は阪神・佐藤輝との黄金ルーキー対決だ。早川の中6日のローテーションを当てはめていくと6月13日、楽天生命パークの交流戦最終戦が有力だ。広島を襲っているコロナショックで先行きが不透明なうえ、梅雨時に屋外球場の運営は予備日が少ないこともあり心配されるが、何が何でもこの対決は見逃せない。
交流戦の先には東京五輪も控える。早川にとって日本代表入りも夢ではない位置にいる。稲葉ジャパンの先発要員は当初、千賀滉大(ソフトバンク)、菅野智之(巨人)、田中将大(楽天)、大野雄大(中日)、山本由伸(オリックス)各投手らで構成されると見られていたが、故障者続出のピンチ。千賀は絶望視され、菅野もようやくブルペン投球を再開したばかりだ。そこで代替候補と目された森下暢仁投手(広島)までコロナ禍で戦線離脱を余儀なくされた。
日本代表・稲葉篤紀監督は故障者について「まだ日にちもあるので大丈夫だろうが注意して見守っていきたい」と語るが、最終メンバー確定まで何通りもの編成案が作られるはず。楽天では田中以外に抑えの松井裕樹投手も当確で、過去にジャパン入りした実績のある則本も候補に入ってくる。
1球団から投手で4人も選出されるのは難しいが、この先、6月中旬時点でも早川がハーラーのトップを独走しているようなら大逆転の選出もあり得る。国際試合の経験豊富な左腕投手はいつだって貴重だ。
指揮官やチーム関係者の予想を上回る働きは、ルーキーの枠を超えてエース格に上りつつある。周囲から注文らしい注文も聞こえない「完成型」の左腕はどんなエース像を作り上げていくのだろうか? 楽しみは尽きない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)