白球つれづれ2021~第24回・暗黙のルール?
先週もまた、全米がエンゼルス・大谷翔平選手の話題で持ちきりだった。
日本時間10日のロイヤルズ戦では、初回の打席で17号本塁打。バックスクリーン横の中段スタンドに達した飛距離は470フィート(約143.3メートル)で、自己最長を記録している。「どこまで飛ばすんだ」と、怪物の打棒に改めてびっくりさせられる。
それから3日後のダイヤモンドバックス戦では「2番・投手」のリアル二刀流で登場。投げては5回を8奪三振、3失点(自責2)、打っては第2打席で自打球を右ひざに当てて、悶絶する苦しみを味わったが、この打席を含めて2本の二塁打を放つなど超人的な働きを見せた。
中でも“騒動”となったのは投手・大谷が犯した2つのボークである。
3点リードの5回一死一、二塁。この場面で二塁走者が三塁を狙うような動きを見せたため、牽制球を投げようとしたところ三塁塁審から1回目のボークの判定。何とか二死までこぎつけたが、4番・エスコバーの打席の時にセットポジションでの静止動作が不十分として2回目のボークを宣告された。さらにエスコバーを空振り三振に仕留めたが捕手が後逸して、ノーヒットで2点を失った。
もう少し、詳しく2つのボークを検証してみる。映像を見る限り、1回目の場面では大谷は投手プレート板から足を外しているのでボークには見えない。大谷自身も判定の瞬間に「WHY?」と両手を広げて不服の態度を見せている。しかし、審判サイドから見ると足を外す前に上体が動いている。すなわち、不自然な動作として判定されたわけだ。
では、2回目の判定はどうか? こちらはセットポジションで静止しているように見えるが審判のジャッジはノー。ここから、メジャーリーグ特有の「暗黙のルール」が浮かび上がってくる。
かつて、巨人のエースからメジャーに挑戦して活躍した上原浩治氏は「メジャー、あるある」と表現。同じく“大魔神”こと佐々木主浩氏も、1回目の時の不服そうな態度が誘発したボークではないかと指摘した。
心技体を備えたアスリートに
“教育的指導”の表現を使ったのは元パドレス球団アドバイザーも務めた斎藤隆氏だ。メジャー在籍時には毎年、キャンプに審判員を呼んで講習が行われていたという。審判部長からは「ボークの判定は人によって基準が違うので難しい。だから曖昧な動作はとらない方がいい」とアドバイスされた経験に触れたうえで、最初のボークの時の不服そうな態度が教育的指導を生んでしまったのでは?としている(13日付スポーツニッポンより)。
本来なら、「人によって基準の違う判定」があることの方がおかしい。ちょっと不服そうな態度を見せたら、報復的な?判定も腑に落ちない。しかし、これが長きにわたって培われてきたメジャーの文化なのだと言われてしまうと返す言葉が見つからない。
見逃し三振と判定された打者の暴言はもちろん、抗議の意味でベース上にバットを立てただけで退場。ホームランを打った打者が相手ベンチにこれ見よがしの態度をとれば次打席で報復のデッドボールもある。メジャーに上がってきたばかりのルーキーは審判の洗礼を浴びる。他にもメジャーの暗黙のルールは限りなく多い。
どれもこれも飲み込んだうえで成長するのがメジャー流。大谷にとっても、いささか高い授業料にはなったが、乗り越えなければならない壁だったのかも知れない。
「そういう微妙なプレーの時に、もう少し冷静でいられるかどうかは何も野球だけのことではない。日々からそういう精神状態が作れるようになればもっともっといいんじゃないかと思います」。
全米を巻き込んだボーク騒動から一夜明けると、大谷は何事もなかったかのように次に目を向けていた。何という冷静さだろう。
圧倒的な身体能力と技術の進化で、ベーブルース以来100年ぶり二刀流の夢を体現する。その上、心の部分をさらに磨いていったらどんなアスリートになっていくのだろうか? この男の「引き出し」は、まだまだあるに違いない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)