白球つれづれ2021~第27回・悲運の男から一転
東京オリンピックで世界一を目指す稲葉ジャパンが5日、巨人・菅野智之投手の出場辞退を受けて日本ハム・伊藤大海投手の追加招集を決めた。
これまで、代替選手には今永昇太(DeNA)、松井裕樹(楽天)両左腕らが有力視されていた。個人的には左腕の必要性も含めて、パ・リーグの投手部門三冠を快走する宮城大弥(オリックス)も面白いと見ていたが、ふたを開けてみれば伊藤の選出。早い段階から稲葉篤紀監督は「完成度が高く、特にマウンドでの気持ちの強さ」を高く評価していたので、「サプライズ選出」には当たらないのかもしれない。
ルーキーでは栗林良吏投手に次ぐ2人目の侍ジャパン入りだ。もっとも、6月の交流戦に入る前までは、日の丸ユニホームなど夢のまた夢だった。
球団初の道産子ドラ1として入団。シーズン当初から有原航平投手のメジャー移籍(レンジャース)により、弱体化が危惧された投手陣の救世主として期待された。
しかし、現実は厳しかった。デビューとなった3月31日の西武戦で6回1失点の好投も味方打線の援護がない。4月のロッテ戦では開幕以来の連続奪三振を4カードにわたり23イニングまで伸ばし、新人では1980年の木田勇(日本ハム)以来の最長タイ記録を打ち立ててもまだ白星にありつけない。
ようやく初勝利を記録したのは、同月28日のソフトバンク戦。チームの最下位低迷も手伝って「悲運の男」は5月下旬に始まるセパ交流戦の前までは1勝4敗と鳴かず飛ばずの苦闘が続いていた。
交流戦を機に浮上
潜在能力の高さは証明していたので、投打の歯車さえ合えば活躍の予感はあった。それが交流戦の時期と重なる。
まず、中日戦で2勝目を挙げると、巨人、広島を撃破。交流戦では3勝、防御率0.90の二冠(新人史上初)に耀き、優秀選手賞を受賞。さらにペナントレース再開後も、勝利を積み重ねて5連勝中で、1日の楽天戦後には規定投球回数に到達すると、いきなり4位に浮上した(※4日終了時点では規定投球回に1/3足りずランク外)。
連勝期間中の中身も濃い。中日戦では大野雄大、巨人戦では菅野智之、広島戦は久里亜蓮と各球団エース格に投げ勝ち、6月24日のオリックス戦では11連勝と波に乗る相手打線を封じて見せた。新人の5戦連続白星は球団の先輩であるダルビッシュ有や大谷翔平選手も成し遂げていない快記録。シーズン当初に勝ち運があれば今頃、宮城や山本由伸のオリックス投手たちと最多勝争いをしていてもおかしくない。今や無双の状態である。
糸を引く、と形容されるキレのあるストレートは150キロ近くを計測し、コントロールの良さは74回2/3を投げて33四球の数字に証明されるように“投げミス”が少ない。加えて自慢のスライダーは独特の軌道で打者を幻惑する。通常スライダーは横回転するものだか、伊藤の場合は縦に曲がり落ちる。そこにカットボール、フォーク、チェンジアップなど多彩な変化球も駆使してくるので攻略は容易でない。
開幕直後、プロの打線に苦戦が続くと、次の対戦では通常フォームから2段モーションに替えて打者のタイミングを外す器用さを併せ持つ。「すでにプロで何年もやってきたような落ち着きと工夫がある」と栗山英樹監督も絶大な信頼を寄せている。
今年は新人選手の当たり年。佐藤輝明(阪神)、牧秀悟(DeNA)、早川隆久(楽天)選手らが飛び出し、その後、栗林良吏(広島)、中野拓夢、伊藤将司(共に阪神)選手らも脚光を浴びている。そんな中で今や日本ハムの希望の星となった伊藤は、遅れてやってきた大物だ。侍ジャパンに選出されたことで、ライバルたちより、一歩先に躍り出たと言っても過言ではないだろう。
いざ大海原へ
侍ジャパン選出の大きな決め手となったのは「ユーティリティー性」である。
短期決戦となる五輪では、すんなりと勝ち上がるか、敗者復活に回るかで様々な投手起用が想定される。先発組を中心に押し切れるのか? 「第二先発」を活用した総力戦になるのか? 中継ぎ、抑えを厚くして逃げ切りを図るのか? いずれのケースでも対応できるのが伊藤の強みだ。
苫小牧駒大時代には2年連続で大学侍ジャパンに選出され、先発、球宴とフル回転した経験がある。日ハム入団時にも抑え起用が検討されたほど適性は高い。稲葉監督が評価する「勝負強さ」も加味すれば、オールマイティーの働きが期待される。
一時は5位までが勝率5割で借金をすべて背負った日本ハム。せめて明るい話題が欲しい時に伊藤の世界挑戦はまたとない朗報だ。
文字通り「大海」に帆を揚げる伊藤の右腕が見ものである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)