9月連載:個人タイトルの行方
ペナントレースもいよいよ「秋の陣」に突入した。
各チームの残り試合も30試合前後となっており、ここからどんなドラマが待っているのか、ファンも目が離せない。
チームとしての優勝争いだけでなく、個人タイトル争いも佳境に入っていく。
打者なら1打席、投手なら1球で明暗の分かれる正念場…。逃げ切りを図りたい男がいれば、逆転に賭ける男もいる。
プロフェッショナルが最後の力を振り絞る戦い。もう一つのデッドヒートの舞台裏に迫ってみたい。
第3回:伏兵・島内宏明が視野に捉える初タイトル
今季の開幕前、パリーグの打点王に楽天・島内宏明選手を予想した人はいただろうか…?おそらくゼロに近かったに違いない。
直近5年の同リーグ打点王の顔ぶれを見ると、2015年から中田翔(日本ハム)、アルフレド・デスパイネ(ソフトバンク)、浅村栄斗(西武)、中村剛也(西武)、中田翔と強者が名を連ねる。(※所属はすべて受賞した年のもの)
これに対し、島内の実績は見劣る。過去9年の通算打点は330。年平均にすると約39点だ。自己最多も2019年の57打点だから、楽天の担当記者であっても予想するのは難しかっただろう。
15日現在、83打点はリーグトップを快走する。
2位のブランドン・レアード(ロッテ)がここへ来て猛追を見せて75打点。さらに杉本裕太郎(オリックス)、柳田悠岐(ソフトバンク)、レオネス・マーティン(ロッテ)らが続いている。
長距離砲の固め打ちで肉薄の可能性はあるが、各チーム残り約30試合の時点でこの差は大きい。少なくとも、シーズン最終盤までは打点王争いの主役の中に島内がいるはずだ。
残した“語録”の数々はチームへの貢献の証
シーズン序盤は安田尚憲、マーティンのロッテ勢が飛び出した打点レース。じわじわと数字を伸ばしてトップに躍り出たのは5月21日・ロッテ戦のことだった。
左翼席に叩き込む6号3ランの直後、広報を通じて配信されたコメントが何とも島内らしい。
「1年7カ月ぶりに芯に当たりました。以上です。(真顔で)」
試合後に真意を問われると「練習です。練習も含め1年7カ月ぶりです」と答えている。
どこまでが本当で、どこからがジョークなのかわからないのが島内流。こうした談話が活躍とともに話題を集め、今ではリーグの交流サイトである「パ・リーグ インサイト」に島内語録として掲載されている。
その中から、いくつかの“傑作”を紹介してみよう。
「いつもサロンパスにはお世話になっています。一昨日は5枚。昨日は9枚使わせていただきました。本日もたぶん疲れると思うので37枚貼って寝ようと思います」(7月10日・西武戦/3回右前適時打を放って)
「プロ野球選手になって10年経ちますけど監督、コーチに媚びを売って試合に出させてもらっているので、今後もいろいろな方に媚びを売って生きていきたいと思います」(8月1日のエキジビションマッチで本塁打直後に)
「今年はもう打てないと思っていたのでホッとしています。もう夏の終わりを感じますね」(9月5日・西武戦/先制タイムリー二塁打)
激しいペナンレースの、しかも試合中にこれだけ余裕を持って、ユーモラスなコメントを発信し続ける選手は見たことがない。
まだまだ優勝あきらめん!島内の活躍がカギに
ここ数年は4番の座に座ることが多いが「なるべく4番は打ちたくない」と平然と言ってのける。
プロ入団直後は代走要員。やがて1番打者に起用され、下位打線に回ることもあり、2019年には「全打順本塁打」という珍記録も残している。
チームの歴史は浅く、毎年のようにトレードやFAなどで大物外様組がやって来る。そのたびにレギュラーの座を脅かされても、生き抜いてきた“しぶとさ”が打撃の成長にもつながっている。
昨年オフには異例の4年契約を結んだ。2016年以降、チームの中軸としてコンスタントな成績を残して来た実績と、さりげない気づかいでチームをまとめてきたことが評価されたのだ。
「向上心が強く、毎年進化を重ねている。常に試合に出る意思、試合に出られるパフォーマンスを保ち続けてくれている」と、交渉にあたった安部井寛チーム統括本部長は島内の数字以上の存在価値を語っている。
チームは首位・ロッテにちょっぴり差をつけられたが、まだまだV争いの圏内にいる。ここからが本当の正念場だ。
3番を打つ浅村がここへ来て調子を上げてきた。さらに島内が打点を稼げば、勝利の確率ははね上がる。
人を食ったような発言で煙に巻き、巧みな打撃術でライバルチームを刺す。この男、やはりただ物ではない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)