第23回:背番号41の「引退」
6年ぶりのリーグ優勝をめざすチームの陰で、ユニフォームを脱ぐ決断をした。ヤクルトの雄平が野球人生にピリオドを打った。
10月5日に都内の球団事務所で引退会見に臨み、「19年間という長い間、たくさんの方に支えられて最後まで一生懸命やり切ることができました。感謝の気持ちでいっぱいです」と話し、「(今季は)自分の中で集大成のつもりで臨んだシーズンでした。その中で一軍の戦力として全く力になれなかった。そこが一番」と、9月に引退を決意した理由を明かした。
9月30日には戸田球場でファーム最終戦(楽天戦)に出場し、8回の先頭に代打で登場。3球三振に倒れたが、最後はフルスイング。雄平らしさを最後まで貫き通した。
チームは2015年以来のリーグ制覇を狙える位置にいるが、6年前の優勝を決めるサヨナラ打を放ったのが雄平だった。
当時のことを「15年の優勝というのが僕の中で良い思い出として残っている。その場に立てて、結果を残したのが最高の経験」と振り返ると、現在のチームメイトに対し「僕は力になれないですけど、ここまできたら必ず優勝して、6年前はリーグ制覇のみでしたけど、ぜひ日本一を取って最高のシーズンにしてもらいたいなと思っています」と、エールを送った。
野球をどこまでも追求
東北高校時代は最速151キロ左腕として注目されたが、打者としても高校通算36発を放った雄平。2002年ドラフト1位で投手としてヤクルトに入団し、当時はまだ「高井雄平」の登録名だった。
プロ1年目から5勝をマークし、通算18勝を挙げた。09年オフから野手に転向したが「区切りのときは新しいスタート」と、妻の言葉が支えになった。引退を決めたときも同じ言葉をかけられたという。
神宮球場ではチームの誰よりも早くバットを振り始める。そんな雄平がかつて、野球について「難しいから、楽しい」と話してくれたことが印象に残っている。
投手と野手の2つを経験し、野球の奥深さを知っている雄平だからこそ、大好きな野球をどこまでも追い求めてきた。そして、これからも変わらず野球を追い求める。
「(野球を)追求すればするほど、答えというのはもっともっと深いところにいくと思う。それが楽しい。もっともっといろいろな野球があると思いますし、見えてない野球も必ずある。それを追い求めるのが楽しい。僕には野球しかないので、こうやってたくさんの経験をさせてもらって、生かしていかないと。野球界に還元とまではいかないですけど、そういうふうになっていけたらいいなと思っています」
現役を退いても、野球への情熱は消えない。これから新しいスタートを切る37歳は、いつもの笑顔を見せながら、また野球界に戻ってきてくれるだろう。
取材・文=別府勉(べっぷ・つとむ)