第2回:フィジカルコディションの向上
シーズン序盤のことだった。メジャーリーガーの中で大谷の体重が話題に上ったことがある。
球団発表では1メートル93センチ、98キロ。ところがあまりの打球速度と飛距離に本塁打を配給した投手から「そんなことはない。絶対に100キロ以上ある」と異論が飛び出した。確かに、今年の大谷は以前に比べて一回りも二回りも体が大きくなり、筋骨隆々のアスリートに生まれ変わっていた。
今季46本の本塁打を記録したが、その中身も半端ではない。
6月8日(現地時間、以下同じ)のロイヤルズ戦で放った17号は推定飛距離143メートルの特大アーチ。バックスクリーン横の中段まで飛んだ。
同月28日のヤンキース戦では、時速117.2マイル(約189キロ)の弾丸26号を右翼スタンドに突き刺した。ニューヨークっ子も噂の“ベーブ・ルースの再来”に吃驚の一撃だった。何が大谷の打撃をここまで進化させたのだろうか?
最大の理由を大谷自身は19年秋に行った左膝の手術にあると言う。以下はスポーツ誌「ナンバー」9月24日号に掲載された特別インタビューから引用する。
「速いボールを引っ張って、弾き飛ばせるためのフィジカルと技術があるかないか。(中略)とにかく去年は左膝が痛くて使えなかったのが、手術して今年はそれが出来るようになった」。
雌伏の時を経て
2018年にメジャーの険しい道に飛び込んだ。1年目こそ打率.285、22本塁打。投手として4勝2敗。防御率3.31の二刀流で鮮烈デビューを果たし、ア・リーグ新人王に輝いたが、その年の10月には右肘のトミージョン手術を受けている。打者専任となった19年はシーズン終了を待たずに左ひざの手術、選手生命に関わる岐路に立たされた。そして昨年はリハビリが主体となり不本意な成績に終わった。
まさに雌伏の時を経て、大谷は従来以上の怪物として戻ってきた。オフのトレーニングでは200キロを超すベンチプレスを持ち上げている。トップアスリートでも中々出来ない猛トレーニングだ。
膝が完治すれば、強靭な足腰も鍛えられる。二の腕は丸太のように太くなり、パワーを生む。バッティングの動作解析によると、スイング軌道は以前よりアッパー気味になったと分析するが、大谷自身の見立ては違う。
「一番力が伝わる方向が、今までは左中間よりだったのが、今年はセンターからちょっと右寄りの方向が一番力を伝えられるようになった」と言う。
今季46本塁打の打球方向は右に「31本」、中に「10本」、左に「5本」。明らかに流し打ちが減って、パワーによるホームランが増えている。シーズン終盤に本塁打数は激減したが、これは大谷の後ろを打つ打者が弱いため勝負を避けられ、敬遠による四球が増えたことも関係している。来季はトラウト、レンドーンら主力打者が故障から戻って来るだろう。その時、さらに大谷の怪物度が増して行くのか、注目だ。
投手・大谷の“シンカ”
投手としても大谷は真価を発揮した。9勝2敗、156個の三振を奪い、防御率3.18はチームにあってエースの働きである。
開幕から2カ月近くは成績も上がらなかったが、6月4日のマリナーズ戦から9月3日のレンジャーズ戦まで8連勝。こちらも味方打線の援護や後続投手の踏ん張りがあれば楽に2ケタ勝利も挙げられた。
投手として最も進化したのはカットボールの完全マスターにある。これまでの大谷の投球スタイルは160キロに達する快速球とスライダー、スプリットで勝負というものだった。そこに「今年はこのボールに救われた」と語るカットボールが加わり劇的にピッチングが変わった。
力投型の宿命として、コントロールを乱しやすく、球数も増えていたのがシーズン序盤。5回前後で100球を数えて降板していたが、カットボールを織り交ぜることによって1球で打ち取れるケースが増えた。ストレートと同一軌道ながら、手元で微妙に変化するカットボールは打者にとって手を出しやすい。仮にファウルされても、カウントを有利に追い込めるからスプリットやスライダーもより生きる。投球術の進化がエースを軌道に乗せたと言える。
シーズン最終戦を前に、大谷はベーブ・ルース以来の2ケタ勝利、2ケタ本塁打の偉業を目前にしながら先発を辞退した。個人記録よりチームの勝利を優先する大谷らしい決断かも知れない。しかし、一方でこの唯一無二の怪物は「まだまっすぐもスライダーも球速は2、3マイル上がる余地はある」と、平然と言ってのける。
故障から完全復活を遂げた今季はまだ、道半ばと言うのだろうか? 二刀流第2章となる来季はどんな“お化け記録”を作るのだろう。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)