白球つれづれ2021~第44回・新政権の誕生
多様性の時代である。野球界にも、これまでの常識を打ち破る時が訪れたのかも知れない。
先月末、日本ハムは新庄剛志、ソフトバンクは藤本博史両氏の来季一軍監督就任を発表した。新庄新監督と言えば、これまではド派手なパフォーマンスと現役引退後は型破りな生き様を売りにしてきた球界の異端児。これに対して藤本新監督はホークス一筋、一軍から二、三軍まで指導者として歩んできたが、工藤公康前監督の後任候補として名前が挙がることはなかった。地味を絵にかいたような指導者だ。
「1%の可能性をつかんだ」と新庄氏が言えば、藤本氏は「夢にも思わなかった」と就任への驚きを語っている。多くの球団では、後任監督を選ぶ際には数年前から候補者をリストアップ。知名度や人気、実績などを加味して就任要請にあたるが、今回の両者の場合は、どうやらそれには当てはまらない。それぞれのお家の事情があったようだ。
起爆剤と底上げ
2年連続下位に低迷した日本ハムでは、栗山英樹監督の退任が早くからささやかれ、後任には東京五輪で金メダルを獲得した稲葉篤紀氏の就任が有力視されてきた。しかし、同氏に関しては数年前から夫人の行動を巡ってトラブルが発生。直近の週刊誌では「稲葉さんが監督をやるなら、チームを離れる」という某主力選手の話までが、まことしやかに伝えられた。
成績不振だけでなく、シーズン中には中田翔選手の暴力問題なども発覚。地元・北海道での人気低落がささやかれる中、これ以上のイメージダウンは避けたい。23年の新球場移転を前に、反転攻勢に打って出る“起爆剤”は何か?こうした発想の中から生まれたのが新庄新監督であり、稲葉氏のGM就任だった。
一方のソフトバンクには、今季から小久保裕紀ヘッドコーチが誕生。誰もが工藤監督の後任と見てきた。だが、これは常勝軍団が例年通りの好成績ならソフトランディングも可能だったはずだ。ところが、故障者続出のチームはよもやのBクラスに転落。野手の育成を期待された小久保ヘッドの働きにも批判が集まって時期尚早論が出始めていた。
球団では工藤監督の実績を評価して、続投を要請したが責任を取って退団の意志は固く、慌てて後任選びに着手する。チームは若手選手の底上げが必要な時期でもあり、指導育成に定評のある藤本氏が急浮上したわけだ。
チームに及ぼす様々な影響
先日、新庄新監督誕生に伴う経済効果が関西大学・宮本勝浩教授から発表された。それによれば約59億6434万円で、そのうち北海道で約53億円が見込まれるという。同教授は「新監督の経済効果としては最高クラス」としながら、
「Bクラスに低迷するようなら半減することも」と注釈を加える。
早くも新庄改革の第1弾として、自らのツイッターで「ファンによるスタメン公募」を明らかにしたり、話題性は球団の狙い通り。岩本勉、森本稀哲両球団OBらは「チャラいイメージが先行するが、野球に対する姿勢は緻密でしっかりしている」と新庄新監督の「別の顔」を証言する。ファンならずとも一体、新庄野球とはどんなものなのか、予測不能な分だけ興味は尽きない。
藤本新監督の経済効果は定かでないが、こちらは球団の揺るぎない自信が見えてくる。これまで王貞治(現球団会長)、秋山幸二、工藤と外部からスター監督を誕生させてきたが、生え抜きの藤本監督は路線転換を意味している。指揮官の人気よりもチームを勝たせることで人気はついて来るという信念だ。
さらに、新監督誕生を機に王球団会長が「特別チームアドバイザー」を兼務することも決まった。
「今まで以上にもう少し、踏み込んだ形で選手と話したい」と王会長自ら、育成に関与していくための人事である。話題発進は王会長から、の意味合いが含まれているのかも知れない。
見据える先は…
人気先行と言われようが、新庄監督でフアンの関心を球場に呼び戻し、大胆な改革でチーム一新を狙う日本ハムと、日本一、地味な監督でも若手有望株を発掘して再び覇権奪取を狙うソフトバンク。アプローチの仕方は真逆でも目指すゴールは一緒だ。
監督が誰でも野球をやるのは選手。チームワークは勝つことによって生まれる。どれもが真理であるが、指揮官の指導方針や采配、用兵によって生まれ変わるのも確かだ。
新庄監督の阪神時代の恩師であり、ソフトバンクの前身である南海ホーククスOBである野村克也氏が存命なら、この二人の新監督にどんな声を掛けるのだろうか? 新たな戦いはもう始まっている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)