第3回:新庄劇場の次は稲葉劇場
札幌発の激震が球界を揺るがしている。
「ノンテンダー」って何だ? 今月16日、稲葉篤紀GMの発表に報道陣からも驚きの声が上がった。
これまで、長く主力選手として活躍してきた西川遥輝、大田泰示、秋吉亮選手に来季契約を提示せず、自由契約にすると発表したからだ。
3選手は今オフのFA権を保有しており、その去就が注目されていた。しかし、球団側は「選手にとって制約のない状態で移籍できるよう」(稲葉GM)見返りを求めず、自由に他球団と移籍交渉が出来る道を選択した。これが「ノンテンダー」になる。
それぞれの今季推定年俸は西川が2億4000万円、大田が1億3000万円で秋吉が5000万円。高額年俸の3選手がFA権を行使して成立した場合、前所属先となる日本ハムには、移籍先の球団から「人的補償と金銭補償」、もしくは「金銭補償のみ」のどちらかを選択することができる。
後者の場合、チーム内の高額年俸1~3位のAランクに該当する西川なら年俸額の80%、約1億9000万円が日本ハム側に支払われる。高額年俸4〜10位のBランクと見られている大田、秋吉にも60%の補償が必要。仮に人的補償を求めるなら、プロテクトから外れた選手プラス金銭という選択肢もある。
しかし、今回の「ノンテンダー」により、西川、大田、秋吉を獲得したい球団は何の制約もなく3選手と交渉することが可能になった。メジャーリーグでは当たり前のように使われている「ノンテンダー」だが、国内では珍しい方式だ。それにしても、日本ハムはなぜこんな思い切った手を打ったのだろうか?
チームの大改造に着手
常識的に考えれば、29歳の西川も31歳の大田も、まだまだ主力級の戦力である。3選手とも今季は不振に陥ったが、西川は盗塁王にも輝いている。他球団からすれば獲得に値する選手たちだ。一方で高額な移籍金に見合う成績だったかと問われれば疑問符が残る。
稲葉GMは「再契約の道を閉ざすものではない」と語り、大減俸を呑んでチームと再契約を交わす可能性も示唆するが、現実的とは思えない。そこで見えてくるのが新庄監督と稲葉GMの目指すチーム大改造計画、すなわち聖域なき改革である。
今月4日に誕生した新庄新監督。自らを「ビッグボス」と名乗り、「(最初から)優勝は目指しません!」「チームもプロ野球も変える」と、ど派手な就任会見を行った。
席上では、この先に目指す「新庄野球」の一端も披露。レギュラーは白紙、ノーヒットでも点の取れる戦いなどの方向性を語った。
話題優先かと思われたが、直後の沖縄・国頭秋季キャンプでも、野手に強くて低いスローイングを求めるために乗用車の屋根に乗って目標の高さを示す。内外野手のポジションをシャッフルしてノック。投手陣にはブルペンで捕手の位置を1メートル前に出して制球力を身に着けさせる、など細部にわたって独創的な練習が行われた。
一方でチームにとっても今オフは大改造の端境期にある。
2023年の新球場開場に向けて若返りと魅力あるニュースターの誕生が至上命題。今季は3年連続の5位に沈み、長年チームの顔であった中田翔選手も暴力事件を起こして巨人に移籍した。そんな中で野村佑希、淺間大基、万波中世選手らが力をつけ、清宮幸太郎、五十幡亮汰選手ら楽しみな素材もいる。
ここまでを見る限り、新庄ビッグボスの目指す方向性は「スモールベースボール」を駆使した隙のない野球と、過去の常識にとらわれない改革だろうか。二人三脚でタッグを組む稲葉GMも、この路線を支持した結果が、冒頭の「ノンテンダー」に結びつく。
常識には囚われない
日本ハムと言えば、球界を驚かせるような施策を打ってきた球団だ。
過去のドラフトでは、巨人以外は指名お断りと公言していた菅野智之投手(当時東海大)やメジャー挑戦が確実視されていた大谷翔平選手(当時花巻東)を指名して、他球団を「あっ」と言わせた。
栗山英樹前監督時代には、メジャー戦法をいち早く導入。極端な守備シフトや先発投手のスターターシステムを取り入れている。そして、現役時代には「あっ」と驚くパフォーマンスで人気球団に押し上げた選手・新庄を新指揮官に迎え入れた。
現役引退後はバリ島で画家を目指したり、タレント活動を展開した新庄監督と、侍ジャパンの指揮官として指導者の道を歩んだ稲葉GM。対照的な生き様も、日本ハムを再生する志は共有している。まずは、強固な守りから攻撃に転じる。基本に忠実であり、常に全力を求める。奇想天外に見える新庄劇場の根底は驚くほど真面目さに貫かれている。
西川、大田らスター選手の“放出容認”から始まった日本ハムの改造。やはり、オフの主役を独占しそうな雲行きである。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)