第4回:背水の盟主
誇らしげな主役もいれば、背水の主役もいる。
来季から投手チーフコーチを務める巨人・桑田真澄氏は、まぎれもなく後者に属す。
61勝62敗20分け。クライマックスシリーズのファーストステージこそ阪神を破って意地を見せたかに思えた原・巨人だったが、ファイナルステージではヤクルトに1勝も出来ずに完敗。所詮は「借金1」の敗者という姿をさらけ出して終戦を迎えた。
新首脳陣で再スタート
新たに3年契約を結んだ原辰徳監督は新たな組閣に着手する。
二軍には小笠原道大打撃コーチ、三軍には駒田徳広監督、ファームの総監督として川相昌弘氏など、巨人OBを招請して若手育成を託す。一方で、一軍では阿部慎之助作戦コーチを作戦兼ディフェンスコーチ、元木大介ヘッドをヘッド兼オフェンスコーチとして責任の所在を明確にする分担制を敷いた。さらに宮本和知投手コーチの退任に伴い、桑田チーフ補佐が投手チーフコーチに昇任した。
故障者の続出や外国人選手の誤算などで投打ともに低調に終わったが、中でもペナントレース終盤の戦いは悲惨を極めた。9月以降の戦いを振り返ると、実に10勝25敗8分け。10月には球団史上にも残る10連敗を記録するなど失速していった。
とりわけ、投手陣の崩壊は顕著で、戸郷翔征、髙橋優貴・両先発投手共に10月は未勝利。戸郷に至っては7月以降でわずかに1勝(5敗)止まりでは優勝などおぼつかない。
9月の早い時点から投手陣は「特攻ローテ」を決断した。先発陣を菅野智之、山口俊、C.C.メルセデスに髙橋、戸郷を加えた5人に固定、中4日~中5日に登板間隔を詰めて起用して勝負に打って出た。しかし、これが完全な裏目に終わり投壊を招く。宮本コーチの退任はこの責任を取ってのものだ。それだけに後任の桑田チーフには再建の重い十字架が課せられる。
桑田コーチの診断結果は?
「チーフコーチで責任も増すので、来年は実行する。病院で言えば今年が診察で、来年は治療」。ジャイアンツ球場で行われる秋季練習に顔を出した桑田コーチの第一声である。さらに「課題は制球力」とも語っている。
チーム防御率3.63はリーグ4位。前年はリーグトップだから反省点は多い。こうした中で、桑田チーフが注目するのがストライク率だ。全投球数に対するストライクを奪えた数値に着目する。
巨人は前述した先発5投手の中で最高の菅野が65.2%で最低は高橋の60%。これに対してヤクルトの新エース・奥川恭伸は70.3%で阪神の秋山拓巳やジョー・ガンケルでも67%を超えている。これは何を意味するのか? 巨人の与四死球(520)はリーグ5位、これに対して被安打(1132)はリーグで最も少ない。つまり、勝負に行けなかったのか? 出来なかったのか? 結果的には塁上に走者を許して痛打されるから不成績に終わったという分析だ。
さらに第二の改善点として「変化球の精度向上」も挙げる。打者の手元で変化してこそ効果は上がるが、投げた直後からベース板を外れていては手も出してくれない。現役時代には高い制球力と切れ味鋭い変化球を駆使してエースの座を勝ち取った桑田コーチらしい指摘だ。
勝負の2022シーズンへ
今年の1月になって、急遽、古巣からコーチ就任の声がかかった。以来、桑田理論は注目を集めている。「投手はマウンドの傾斜を使ってこそ、本当のピッチングが身につく」「1イニング15球でまとめれば、おのずと完投能力は上がる」
だが、現実は宮本チーフに次ぐ二番手コーチ。投手陣に「桑田イズム」を浸透させるところまではいかなかった。それだけに来季は桑田コーチ自身が真価を問われるシーズンとなる。
足元に目をやれば、先発を託せる6~7番手の有望株が見当たらない。大黒柱・菅野にしても昨オフ以来のメジャー挑戦の可能性が現時点で消えたわけではない。仮に再挑戦が決まれば今年以上に苦しい台所事情となる。FA戦略でも広島の大瀬良大地、九里亜蓮投手らの残留が早々に決まり、めぼしい候補も見当たらない。結局は投打ともに新外国人頼みになるのだろう。
いかにして、現有戦力の底上げを図れるか、どうしたら、若手のエース候補を作り出せるのか。理論派で鳴る桑田コーチにとっても結果で答えを出すしかない。
日本シリーズを見ていても、ヤクルトに伊藤智仁、オリックスに高山郁夫投手コーチの存在は大きい。いずれも監督を助ける名伯楽だ。さらに言えば若手投手の育成に定評がある。野球は投手から。巨人の投手陣改革は桑田新任コーチの手腕にかかっている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)