12月連載:白熱の日本シリーズ~ミクロの戦いを検証
今年の日本シリーズはヤクルトの20年ぶりとなる日本一で幕を下ろした。前年最下位同士のオリックスとの激闘は、6戦すべてが2点差以内(5試合は1点差)という接戦の連続。日本中の野球ファンがハラハラドキドキの展開に一喜一憂して「面白いシリーズだった」と拍手を送った。
ソフトバンクの一強時代が続き、パ・リーグの強さが際立った勢力図に、新たな風を起こした両チームは、この頂上決戦で何を残し、勝者と敗者を分けた差はどこにあったのか? 改めて史上稀に見る接戦の裏側に迫ってみる。
第1回:流れを変えた高橋の完封
「あそこで落としていたらズルズルと行きかねないところ。逆に完封でモノにしたことで流れがうちに来た」と、あるヤクルト関係者は振り返る。
この試合の後、オリックスの中嶋聡監督は「もう少し、コントロールに苦しむピッチャーだと聞いていた」と、高橋の投球に首を傾げた。
オリックスの先発、宮城大弥投手の立ち上がりは高橋以上に素晴らしかった。5回までパーフェクト。その後も安定感抜群の投球を続けたが8回、青木宣親選手に執念の決勝タイムリーを喫して降板した。宮城にとって不運だったのは高橋がそれ以上の内容でプロ初完封を成し遂げたことだった。
球威に定評はあっても、コントロールに苦しみ、球数が多くなるからレギュラーシーズンでも最長7回までしか投げていなかった。“未完のエース”が大舞台で一世一代の大仕事をやってのける。それは、初戦にサヨナラ負けを喫した守護神、スコット・マクガフに休養を与え、敵将にも計算外のショックをもたらすほどの出来事だった。
シリーズ開幕前の専門家予想は8割方、オリックス優位というものだった。その根拠は投手陣。球界ナンバーワンの山本由伸に、19歳ながら13勝(4敗)の好成績をあげて新人王当確の宮城。さらに成長著しい田嶋大樹もいる。
これに対してヤクルトは発展途上のスタッフ。山本に対峙する奥川恭伸は9勝、高橋にいたっては4勝止まりの実績である。しかし、この数字こそが曲者だった。
五輪ブレークの恩恵
例年のシリーズより1カ月近く遅れて開幕。主催球場もヤクルトは神宮が使えずに東京ドーム、オリックスも京セラドームとほっともっと神戸の併用と、変則開催を余儀なくされたのは夏に開催された東京五輪の影響だ。実はこの1カ月に及ぶ「五輪ブレーク」が、ヤクルトのその後の戦いには「吉」と出る。
奥川が本格的にエースの軌道に乗ったのは後半戦スタートの8月15日のDeNA戦から。肩、肘の負担を考えて中10日ほどの登板間隔は変わらないが、3連戦の頭、すなわちエースの職場を与えられた。前半戦とは見違える成長で54回1/3、連続無四球を記録。勝負所の9月には3勝0敗、防御率0.45の無双ぶりでチームを優勝に導いた。何よりストライクゾーンで勝負できるから、四球による自滅がない。
高橋はコンディション不良もあって一軍のマウンドに上ったのは6月になってから。150キロを超す快速球はあるが、投球内容にバラつきが多く先発ローテーションを任されるまでに至っていなかった。そんな左腕を劇的に変えたのは高津臣吾監督からの魔法の一言だったという。
「結果を恐れるな!」。失敗を繰り返していた男が邪心をかなぐり捨てた時から劇的な進歩が始まる。10月の防御率は驚異の「0.64」。その延長線上にシリーズでのプロ初完封があった。
高津監督の用兵術
大一番を前に、両軍ともに相手チームのデータを洗い出す。打者に対しては山田哲人、村上宗隆、吉田正尚、杉本裕太郎選手ら主力の弱点はもとより、外国人や伏兵の特徴まで頭に叩き込む。投手も先発、救援、抑えの順にビデオを見ながら配球傾向や軌道をイメージする。
もちろん、オリックスにとって初戦の奥川、第2戦の高橋に対して入念なチェックは繰り返しただろう。しかし現実に対峙した時、ビデオやデータで整理した彼らの姿は違っていたはずだ。シーズン後半戦からの急激な進歩が、中村悠平捕手の好リードと相まって打線を苦しめた。
ヤクルトのチーム防御率は、昨年のリーグワースト「4.61」から今季は同3位の「3.48」と、1点以上大幅な改善を遂げている。しかも、奥川と高橋という本格派の成長は奪三振数も大幅に引き上げた。
石山泰稚投手でスタートしたクローザーはマクガフに代わり、アルバート・スアレスや田口麗斗投手は先発からリリーフに配置転換。高津監督の適材適所のやりくりも光る。その結果、シーズン序盤は昨年並みの弱体投手陣が、中盤では「並」のレベルに上がり、終盤には強力スタッフに生まれ変わっていた。
奥川や高橋の活躍はシリーズを面白くする起爆剤となった。逆に本拠地開幕の利に加えて、山本、宮城で連勝スタートを目論んだオリックスにとっては、この先に苦しみを生むことになる。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)