イチロー教室の影響力
球界の至宝・イチローさんの日常は今も多忙を極めている。
今月11日からは、高校野球の名門・高松商高を訪れて2日間にわたり、熱血指導を行った。昨年、智弁和歌山高からスタートした、高校生への「イチロー教室」は、今年になって国学院久我山、千葉明徳に次いで3校目だ。
そんな合間を縫って、同月4日にはメットライフドームで行われた松坂大輔投手の引退セレモニーにもサプライズ登場。大型ビジョンに映し出されるビデオメッセージの直後に本人が現れて松坂と固い握手、労いの言葉をかけられた松坂は大粒の涙を流している。ニクい演出もまた、イチローさんの存在感を際立たせた。
現役引退から2年。シアトル・マリナーズの会長付特別補佐に今季からインストラクターの肩書が加わった。シーズン中はシアトルの本拠地で後輩たちの指導や練習の手伝いに汗を流し、チームが遠征中も残留組に目を光らせている。
「常に体を動かしていないと、アスリートはエネルギーを失われていく」が持論の48歳は、今でもキャッチボールや筋トレは欠かさずに現役時代とほとんど変わらない体形を維持している。
ユニホームに別れを告げた会見の席で、将来の夢を聞かれると「高校生や大学生の指導をしてみたいかな」と即答。今、それが現実のものとなった。
イチ流の指導法
指導をテレビで見る限り、走攻守にわたって基本の大切さを“イチロー流”で伝えている点が感心させられる。
キャッチボールひとつをとっても、速いテンポで正確に送球することで、リズムが生まれ、守り全体にいい影響が生まれる。打率の上がらない打者には最後までボールから目を離さないことによって体の開きを抑え、正確性が向上する。走者なら投手と正対するのではなく、右足を少しオープンスタンスにすることで盗塁も帰塁もしやすく出来る。
日頃、指導者から言われていても漫然と聞いていたものが、イチローさんの言葉と実技が加わると魔法に代わる。指導を受けた高松商の長尾健司監督も「1カ月の練習を(2日間で)した感じ」と濃密な時間に感謝した。
高校生に交じって、ダッシュを繰り返し、外野の守備に就き素早い捕球と遠投を見せる。フリー打撃ではさく越えを連発して、年齢を感じさせないパワーと技術を惜しげなく伝える。これこそがイチローさんの目指す指導の原点である。
「高校野球は野球が本来、どんな競技なのかを示してくれている。ただ、何かが起こるのを待っているのではなく、自ら仕掛けていき点を取り、守る。そして何より勝ちたいというエネルギーに満ちている」(日刊スポーツ11月29日付インタビューより)
近年の野球はメジャーも日本国内もパワー全盛で、小技の大切さを見失いがちになっている。そんな風潮に首を傾げる走攻守のオールラウンダーにとって高校生への指導は、自らの信念を伝える場でもある。不世出のスーパースターがまるで野球少年のように目を輝かせてグラウンドを支配するのだから、球児たちにとって夢のレッスンの効果は抜群だ。
色褪せない輝き
多くのアスリートや野球人は現役引退を境に新たな人生の選択を迫られる。しかし、イチローさんの輝きは今もって衰えることはない。代表例はコマーシャル出演に見ることができる。
NTT、ユンケル(佐藤製薬)、オリックスなどイチローさんの登場するテレビCMは目にしない日がないほどだ。それも現役時代から引退後も継続されている。通常、スポーツ選手のCMは日頃の活躍度によって影響されるため起用が難しいとされている。今年、本塁打王を獲得しても翌年は故障に泣いて不成績では宣伝効果がなくなるからだ。
しかし、今やイチローさんの存在感は、こうした業界の常識を超越したところにある。超一流の持つカリスマ性、大人から子供までに愛される人間性と知名度、さらに挑戦を続ける人生への姿勢などが大手企業からも絶対的な支持を受けている。
かつて、引退時の総資産は200億円近いと報じられたことがある。2025年には米国の野球殿堂入りも確実視されている。本来なら悠々自適の生活を送ってもおかしくない伝説の人が今でも野球少年のように動き回っている。
野球を愛し、野球から愛されたイチローさんの存在感は、これからも色褪せることはないだろう。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)