第4回:負けに不思議な負けなし
「勝負は時の運」。スポーツの世界でよく使われる言葉だ。
野球に限定しても、火の出るようなライナーを放っても野手の正面を突けばアウト、逆に打ち取ったような凡フライでも野手の間に落ちればヒットとなる。結果は神のみぞ知る、といった領域だろう。
6戦中5戦が1点差、残る1試合も2点差と史上稀に見る接戦となった今年の日本シリーズ。神はヤクルトに軍配を上げた。
もっとも、こんな言葉もある。
「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」。名将・野村克也氏が遺した勝負の鉄則だ。今回はそんな視点からオリックスの敗因に迫ってみる。
戦前の予想ではオリックス優位の声が大きかった。絶対的エース・山本由伸の存在に、この時点では新人王当確の宮城大弥投手もいる。首位打者の吉田正尚に、本塁打王の杉本裕太郎選手が主軸を務める打線も破壊力がある。何より、日本シリーズではパ・リーグが8連覇中だった。一概に予想が的外れだったわけではない。
だが、初戦の山本、2戦目の宮城が期待通りの好投を演じても、ヤクルトの奥川恭伸、高橋奎二両投手が一歩も譲らぬ投球で主導権を渡さない。結果は1勝1敗でもシリーズの流れは1点を争うクロスゲームの連続となる。ここで、オリックスの攻守にわたる若さが顔を出して、明暗を分けた。
勝敗に直結したミスの数々
第2戦。初戦をサヨナラ勝ちで勢いに乗るかと思えたオリックスだが、初回からつまずく。一死後、安打で出塁した宗佑磨選手がヤクルト・高橋の牽制に誘い出されて盗塁死。不安定な立ち上がりの高橋を立ち直らせるきっかけを与えてしまった。接戦の9回にはホセ・オスナの右前打に、返球を焦った杉本がファンブルして決定的な2点目を失う。
第3戦では5回、二死満塁のピンチに中村悠平選手に適時打を許して2点、さらに中堅から三塁に送球されたものを宗が焦って二塁に悪送球。この間にやらなくていい3点目を許している。
そして、運命の第6戦も記録に表れないミスがオリックスの勢いを止める。
4回無死一塁。打者、T-岡田がフルカウントになった時、ベンチのサインは自動エンドランだったのだろう。しかし、T-岡田は外角ストレートを見逃し、杉本が盗塁死でダブルプレー。この時点で試合は0対0、走者が足の速くない杉本を走らせるなら岡田は完全なボール以外は手を出しにいくのが鉄則だ。こうしたミスから試合の流れを失っていく。
さらに延長12回には二死一塁から伏見寅威選手の捕逸直後、川端慎吾選手の決勝打が生まれた。
もちろん、ヤクルトにもミスは出た。しかし、勝敗に直結するミスの多さはオリックスに目立ったのも事実。まさに「負けに不思議な負けなし」だったことがわかる。
最高峰での経験を糧に
第2戦では宗、第5戦では福田周平選手が盗塁を仕掛けるがいずれも失敗して機動力を封じられた。第6戦では宗と紅林弘太郎選手が連続失策を犯してピンチを招く。ペナントレースでは致命傷にならなかったプレーでも、短期決戦の、しかも接戦では大きな影響を及ぼす。このわずかな差が日本一を逃した因といってもいい。
「我々は発展途上のチーム。まだまだ足りない部分もある。選手のこれからの野球人生において、良い方向に向かっていけるような経験にしなければいけない」。激戦を終えた中嶋聡監督の敗者の弁である。
ヤクルトと同様に、前年最下位から日本一を争う舞台に立ったのだから賞賛に値する。将来性豊かな若手選手も多い。彼らが、あと一歩届かなかった頂点獲りに何を感じて、指揮官の言う通り、次へ向けてどう取り組むのか?
敗者であっても、決して高い授業料ではない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)