「嬉しかった」後輩からの頼み
置き土産は、「後継レッスン」だった。
国内FA権の行使を表明していた中日・又吉克樹投手(31)のソフトバンク移籍が決定。18日には新天地での入団会見も実施された。
8年間で400試合に登板した鉄腕リリーバーは、中日球団に球団施設を使った練習の継続を願い出た。返事はもちろん「OK」。その姿を知った後輩の一人が、又吉にレッスンの受講を申し出る。
大卒6年目の右腕・佐藤優。名前の通り、性格も優しい28歳。又吉は大卒2年目の橋本侑樹とともに、今後飛躍する選手だと予想する。
「優からは今までなかった」というお願い。その時点で、先輩の気持ちは固まっていた。
「優が連絡をくれました。それだけで嬉しかったですよ。引っ込み思案なところがあって、もっと前へ出て良いと思っていました。一緒に練習させてくださいと伝えられて、答えはもちろん『一緒にやろう』でした」
期間は12月下旬から4日間。福岡での会見を終えて、引っ越しの準備など騒がしいスケジュールの合間を使ったレッスン。
ランニングやキャッチボールを共にし、身振り手振りで語りかける。技術も、感覚も、ありったけの経験を言葉に変換して佐藤に伝授した。
継承されるレジェンドの金言
なかでも時間をかけたのが、メンタルの調整。
「ブルペンの人間は毎日、試合が来ます。抑えたって、打たれたって、試合は来るんです。感情のコントロールがすごく大切だと思っています」
抑えて喜び、打たれてヘコむ。過度な感情の爆発は、翌日に響く。だから、結果を問わずに反省を繰り返す。
この“感情の制御”は、又吉も先輩から口酸っぱく言われた内容。通算1000試合超の登板を果たした、あの岩瀬仁紀さんからの金言だ。又吉はサインを求められた際、名前の隣に「心」と書くようになった。
佐藤にとってもありがたかった。
今季は自己最少となる4試合の一軍登板に留まり、防御率は13.50。2018年には抑えも務め、同年の日米野球では侍ジャパンのユニフォームにも袖を通した男だが、その姿は影を潜めている。
「ネガティブに考えてしまうことが多かった」と気持ちの面に大きな課題を見出す佐藤は、「頭の中を整理する時に気持ちや欲をノートに書いたらいいと言われて、意外とそういうこともやられているんだなと思いました」と新たな発見を口にした。
新指揮官からの言葉で「前向きに」
又吉にとっての“最後の仕事”。佐藤とのトレーニングが終われば、名古屋での生活に別れを告げることとなる。
移籍を決断し、立浪和義新監督に報告した際のやりとりは鮮明に覚えている。
「『残りたい気持ちは分かっている』と。その上で僕の考えを受け入れてくださり、『福岡でも頑張れ』ということをおっしゃってくださいました」
新監督から見れば戦力の流出も、かけられたのは選手の今後の人生を見据えたあたたかい言葉。
8年間も生活をすれば、愛着はわく。後ろ髪を引かれる思いを、どこかで断ち切らなければならない。
「僕はすごく助けられました。リーグを変えて、新しいチャレンジをする。すごく前向きな気持ちに慣れました」と、新指揮官の言葉に感謝した。
中日は来年2月から沖縄でキャンプを張り、それから福岡へと飛ぶ。3月2日・3日に控えているのが、敵地でのソフトバンクとのオープン戦だ。
鷹戦士となった又吉の前で、佐藤優はどんなピッチングを見せるのか。佐藤の、そして佐藤の将来を期待する又吉の、新たな日々がはじまる。
文=川本光憲(中日スポーツ・ドラゴンズ担当)