第2回:西武・若林楽人、反撃のキーマン
年末恒例、あるテレビ局が特集する現役選手100人に聞くスペシャリスト特集のことだ。「最も足の速い選手」の部門で2位に意外な選手が選ばれた。西武のルーキー・若林楽人選手である。
1位にはロッテの盗塁王である和田康士朗選手、昨季のパリーグは和田以外にも三人の盗塁王が誕生している。セ・リーグでは阪神の中野拓夢選手が初タイトルを獲得。そんな韋駄天男たちを差し置いて、出場44試合の若林が大量得票を集めたのだから、プロたちの衝撃度がわかる。
開幕から2カ月余り。頼もしいルーキーはファンの前から姿を消した。
5月30日の阪神戦で左膝を負傷。その後の精密検査の結果、「左膝前十字靱帯損傷」と判明、6月には再建手術を受け全治9カ月の球団発表があった。
44試合で打率.278も上等だが、特筆すべきは20盗塁だ。昨年パ・リーグの盗塁王は24個で前述の和田ら4人。もし、若林がケガをしていなければ断トツの数字を残していてもおかしくない。
チームは昨季、42年ぶりの最下位に沈んだ。敗因は数々あるが、辻発彦監督が目指す機動力野球が機能しなかったことも大きい。
特に指揮官を悩ませたのが1番打者に適任がいなかったことである。
19年オフに秋山翔吾選手がメジャーのレッズに移籍すると「1番・中堅」に大きな穴が開いた。直後は金子侑司選手を後釜に据えたが打撃不振で首脳陣の信頼を得られず、それ以降も適任者が見つからない。
18、19年とリーグ連覇を果たした辻・西武は豪快な打撃力を売り物にしていたが、一方では機動力もすさまじいものがあった。
18年のチーム盗塁数は「132」。翌19年も「134」と両リーグトップ。脚でかき回して、とどめは一発が必勝パターンだった。それに対して昨季は「84」だから、相手への脅威は格段に落ちていることがわかる。
“ポスト秋山”にようやく光明を見出したのが若林の存在である。50メートル5秒8の俊足に加えて、遠投は125メートルの強肩。塁に出れば走る。守っては俊足を飛ばして広い守備範囲でピンチを救う。待望の「1番・センター」が誕生しかかった直後のアクシデントだった。
それでも、ルーキーの2カ月余りの輝きは指揮官に大きなインパクトを残したことは間違いない。
「本物」を取りに行くシーズン
「やっぱり、1番だよ。1、2番でチャンスメイクできるかが重要。いけるぞと力負けしないような1番打者が欲しい。そういう意味では若林でしょう」
屈辱のシーズンを終えて、来季の反撃を誓う指揮官は、真っ先に若林の名前をキーマンとして挙げた。
全治9カ月の診断から8カ月が経った。キャンプに向けて自主トレに励む若林の現状は、リハビリメニューをこなしながら7~8割程度の強度で走れるところまでこぎつけた。それでも3月の開幕に間に合うかは微妙な段階である。
仮に間に合わなかったとしても、辻監督の構想の中では絶対的に必要なピースであることは間違いない。
今の西武は新旧交代の過渡期にある。打線では中村剛也、栗山巧の両ベテランに頼ってばかりはいられない。投手陣でも髙橋光成、今井達也、松本航の若手三本柱は確立されつつあるが、まだまだ質量共に足りない。ここは若林を筆頭に若手が出て来なければ、優勝争いも見えて来ない。
「周りからは盗塁王も行けた、と言われるがケガをするのも運命だと思っている。悔しい気持ちはあるが、本物ではなかったということでしょう」
若林にとって、その「本物」を取りに行くシーズンとなる。昨年の球界を見るとヤクルトには塩見泰隆、青木宣親選手の1、2番がいた。オリックスには福田周平、宗佑磨選手のフレッシュコンビがチーム躍進に貢献した。どのチームもクリーンアップの前に誰を配して、どんな作戦を立てるかがペナントレースの生命線だ。
わずか、数カ月で球界に衝撃を与えた自慢の脚で今年こそ、主役に躍り出る。“ネクストブレーク”の有力候補として覚えておきたい男である。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)