白球つれづれ2022~第3回・選考基準を再考する時期
1月14日、本年度の野球殿堂入りが発表された。
競技者表彰(プレーヤー部門)では高津臣吾現ヤクルト監督と50歳まで現役を続け、通算219勝をあげた山本昌氏(元中日)が選出され、特別表彰にはアマチュア野球への貢献が評価されて松前重義氏(東海大学創立者)が選ばれた。いずれも現役時代に実績を残し、あるいは球界発展に尽力された功労者で選出に異論はない。
一方で、新聞の片隅に小さく掲載された記事が心に残った。
「エキスパート部門」で元阪神のランディ・バース氏が殿堂入りまで4票足りずに落選、次点にミスター・タイガースと呼ばれた掛布雅之氏の名前もある。
「エキスパート部門」とは、プロの監督、コーチで退任後6カ月以上が経過しているか、引退後21年以上のプロ選手が対象。もっとわかりやすく言うなら、競技者表彰の「プレーヤー部門」から漏れた元選手の救済措置と言ってもいい。近年ではこれまた、阪神OBの田淵幸一氏が20年に殿堂入りを果たしている。
選考方法は殿堂入りした者と、競技者表彰委員会幹事及び野球報道30年以上の委員が6人以内の連記で投票するもの。今年の「エキスパート部門」の当選必要数は110票でバース氏の得票は106票。同氏は昨年の同部門でも、あと6票足りなかった。
人気、実力ともに文句なしの両雄
バースと掛布の黄金期は40年近く前にさかのぼる。
中でも虎党最大の熱狂は1985年のシーズンだろう。バース、掛布に岡田彰布でクリーンアップを構成した強力打線が火を噴き、4月の巨人戦では伝説の「バックスクリーン3連発」が甲子園で飛び出す。勢いに乗った猛虎は21年ぶりのリーグ優勝を果たすと、日本シリーズでも西武を撃破して2リーグ分立後初の日本一に輝いた。
この年のバースは外国人初の三冠王を獲得。打率.350、本塁打54本に134打点の圧倒的な数字を残している。ちなみに54ホーマー時点で残り2試合。最後の対戦相手は55本塁打の日本記録(当時)を持つ王貞治が監督を務める巨人だった。最初の試合こそ江川卓投手が勝負を挑んできたが、最終戦では実質上の敬遠策をとられて1安打4四球。後に巨人に在籍した外国人は「(バースに対して)ストライク1球につき罰金1000ドルだった」との舞台裏を明かしている。
翌86年にも2度目の三冠王に耀いたバースは“史上最強の助っ人”と呼ばれたが、この年の打率.389は今もって破られることのない日本記録だ。夢の4割まであと一歩。伝説は今も生き続けている。
千葉・習志野高卒の掛布が阪神のドラフト6位で入団したのは73年のこと。実際は事前にテストを受けて、プロの門を叩いたのは本人も認めている。
若くして三塁の定位置を奪うと79年には48本塁打のチーム新(当時)を記録して、その後は本塁打王3回と打点王も獲得して名実ともにミスター・タイガースと称された。
人気、実力ともに文句なしの両雄がなぜ、野球殿堂入りを果たしていないのか? 考えられる理由はいくつかある。
バースの場合は6年間と言う在籍期間の短さと外国人と言う事情だ。今でこそ国際化が進み偏見はないが、40年近く前の外国人選手は、文字通りの「助っ人」であり、日本野球に貢献の大義名分とは一線を画す存在だった。退団時には球団と軋轢があり、解雇の形となったのも印象を悪くした一因かも知れない。
掛布には現役時代からプレー以外のスキャンダルがつきまとった。交通事故を起こしたり、サイドビジネスの失敗から債務問題に発展。引退から再び、古巣のユニホームを着るまで25年以上の歳月を要している。こうした負のイメージが、すんなりと殿堂入りとはいかなかった要因と言われている。
本物の凄さを知る記者は限られている
それにしても、気になるのは前述の選考方法である。特に投票の多くを占める「野球報道30年以上の委員」のくだりだ。
今年度受賞を決める投票が行われたのは2021年。この時点で30年以上の野球記者を計算すると一番若い大卒記者は1991年入社、すなわちバース、掛布の全盛期(85年として計算)を知らないことになる。逆に当時の虎番記者が40歳のベテラン級だとしたら昨年は76歳の高齢ですでに退職していると見る方が妥当だろう。
さらに、かつては記者歴30年や40年も珍しくはなかったが、近年では社内の異動も頻繁に行われている。伝説としてバースや掛布を知っていても、本物の凄さを知っている記者は今や限られているのだ。
1959年に創設された野球殿堂の表彰規定は「日本野球の発展に大きく貢献した人たちの功績を称え、顕彰する」とあるが、具体的な規定はない。時代と共に選考の範囲や委員のあり方も再考する時期に来ているのではないか?
バースや掛布以外にも長池徳士氏(元阪急)、大沢啓二氏(元南海、日本ハムなど)ら殿堂入りの名プレーヤーと比較しても肩を並べる「エキスパート」の候補者たちはいる。
あと4票足りなかったバースが来年こそ受賞となるのか、掛布がそれに続けるのか。23年度の投票前にもう一度、殿堂入りの意味を問うてみたい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)