白球つれづれ2022~第6回・異例の退陣表明の背景にある親会社の体質
阪神の矢野燿大監督が、今季限りの退陣を表明してから10日近くがたつ。
キャンプイン前日の先月31日、選手を集めたミーティングの席で指揮官は突如、こう切り出す。
「俺の中で、今シーズンをもって、監督は退任しようと思っている」
「いろいろ考える中で、何が一番チームにとっても、選手にとってもいいのかなって。こういう決断になった」
監督が、この時期に今季限りの退陣を明らかにするのは異例中の異例。もともと、昨年には1年契約を結んでいる。何もここでショッキングな発言をする必要はないと思われるが、矢野監督には自ら退路を断って、勝負の時を迎えたいという不退転の覚悟を示したかったのだろう。
矢野監督の真意と騒動の根本とは?
嵐の船出となった沖縄キャンプ。表面上は平穏を保っているようだ。
取材に訪れた球団OBの藤川球児さんも、ブルペンの投手陣を見て「質量ともに12球団でもダントツの充実ぶり」と語っている。5日に行われた初紅白戦では四番候補の佐藤輝明選手が初打席で藤浪晋太郎投手から一発を見舞うなど、この先に楽しみな材料も増えている。
だが、球団関係者や報道陣を含め、矢野発言はこの先も多くの波紋を広げていくのは間違いない。元々、好調なら「日本一や!」と持ち上げ、連敗が続けば「監督はクビ!」と激烈なのが阪神ファンとマスコミ。例年でも夏を過ぎるころから次期監督報道が過熱する。こうした騒ぎが選手たちにも影響を及ぼさないとは限らない。
昨年、一度は首位に立ちながら、ヤクルトに5厘差の2位。それでも今季の優勝争いの有力候補であることは間違いない。それでも異例の行動に出た矢野監督の真意と騒動の根本はどのあたりにあるのか?
長年、阪神を取材するベテラン記者の話などを総合すると、フロントの問題を指摘する声は大きい。特に矢野監督のよき理解者で「後ろ盾」でもあった谷本修前球団副社長の人事異動が引き金となったとする説だ。
矢野監督が退陣表明した先月31日。球団では4月1日付人事異動の発表が行われている。この中で、谷本氏が球団オーナー代行となり、同時に電鉄本社の取締役スポーツ・エンタテインメント事業本部長就任が明らかになった。
形の上では昇進だが、現場からは離れることになった。この谷本氏こそが、矢野監督を陰で支えてきた理解者だから、ショックも大きい。先述の通り、監督自身は昨年のシーズン終了報告の席で、1年限りの退任の意向を伝えている。だが、その後の本社人事、とりわけ谷本氏の現場離脱の動きが、指揮官の行動に影響をもたらした可能性は否定できない。
チーム運営をつかさどる人材が育たない阪神の体質
2005年を最後にリーグ優勝から遠ざかっている名門球団。その要因は多岐にわたるが、親会社の体質を指摘する声は昔からある。球団幹部は本社の人事を優先するあまり、野球に詳しいプロパーが育たない。ましてや5年先、10年先の阪神の野球を目指す人材が見当たらない。
タイガースが野村克也、星野仙一と言った在野の名監督を招請して一大転換期を迎えた時期がある。当時の球団社長だった野崎勝義氏がその苦労を清武英利氏が描いた「サラリーマン球団社長」の著書の中で語っている。
球団の近代化と刷新を目指した野崎氏が、チーム強化のために最新機器の導入やスカウトシステムの改善を図るが、親会社の理解不足や現場の経験主義の前に悪戦苦闘する姿だ。当時のチームを指揮して3年連続最下位に終わった野村監督は「監督だけを代えてもチームは強くならない。戦力補強と編成部の強化を行うべき」の言葉を残してチームを去った。
それから20年余り。球界ではチーム運営をつかさどる専門職とも言うべきGMが多数誕生している。昨年、日本シリーズを戦ったヤクルトには小川淳司、オリックスには福良淳一の両GMがいる。GMがいない巨人では原辰徳監督が実質上のGMを兼ね、ソフトバンクでは王貞治球団会長がチーム全体を掌握している。こうした動きに対して、阪神の場合は旧態依然で、時代に逆行しているようにさえ映る。
シーズンを通して“ポスト矢野”の話題は絶えないだろう。しかし、矢野騒動をおさめる前に球団はやることがある。GMがすべてとは言わない。それでも時代に即したチームのグラントデザインを描ける仕事人の発掘こそが急務だろう。
親会社、球団、そして現場が同じ方向を向き、強固な意志を共有出来るか?
今回の矢野発言を毎度毎度のお家騒動だけで、終わらせてはならない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)