「ちょっと遊んでやろう」
とっさの“ひらめき”が、浮き足立っていた豪腕を落ち着かせた。
2月5日、今春12球団最速の実戦として行われた宜野座での阪神タイガースの紅白戦。昨年の今頃も話題を独占していた佐藤輝明が、第1打席から逆方向の左翼スタンドに飛び込む“1号”を放ち、今年も強烈なインパクトを残してスタートを切った。
被弾したのは、藤浪晋太郎。この2人は、1年前にも同じ紅白戦で対峙している。その時は5球連続でストレート勝負を挑んだプロの先輩が155キロで空振り三振を奪って貫禄を見せつけたが、今年はファウルで粘られた末、10球目の外角高めの直球を弾き返された。
先発一本に絞って逆襲をかける1年。その初実戦のマウンドで痛打を浴びた形になったが右腕は「悪いボールじゃなかったので打ったテルがすごかった。パーンと素直に払われた」と淡々と振り返った後、この日一番の「収穫」について語った。
「突然サインが出たので自分もちょっとびっくりしたんですけど。相手の印象に残ると思いますし、効果的だと思うので使っていければと思います」。初回、二死からロハス・ジュニアを空振り三振に仕留めたのは内角低めに投じたカーブだった。
助っ人を2球で追い込み、1ボール・2ストライクからの4球目にカーブを選択したのは、バッテリーを組んでいた梅野隆太郎だ。
「球が速いピッチャーで(打者の)頭になさそうなボール。カウントも有利だったし、自分の配球の中ではちょっと遊んでやろうというのが良い方向に出た」
キャンプインからブルペンでも精度が高まってきており、試合前には「どこかで使えれば」と互いに確認し合っていたという。
「全部が良い方向になる」
元々、高校時代から投じていたボールだったが、昨年は公式戦でわずか2球投げたのみ。近年の不振とともに消えていた球種だった。
背番号2の遊び心とはいえ、背番号19にとってはマウンドからの景色が変わるカーブの“復活”になるかもしれない。
藤浪は「1試合に何十球も投げなくて良いと思いますし、あるぞっていうだけでも違ってくる」と深くうなずいた。
プロでは1年遅れて入団してきたが、梅野は苦しむ豪腕の浮き沈みをマスク越しにずっと見てきただけに、“現在地”もミットから感じ取っている。
「(紅白戦は)走者を背負った時は丁寧に投げていたし、まっすぐの質もどんどん良くなってきたんで、そのまま長いイニングもいけるんじゃないかなとは感じました」
もちろん、バッテリーを組むのは藤浪だけじゃない。猛虎の正妻が出したカーブのサインには、いろんな意味があった。
「チームとしても一生懸命、(藤浪が)自信のないボールでも、というのは周りも見ているし、活気付くだろうし。晋太郎のためにもなるし、全部が良い方向になるんじゃないかと」
課題を克服しようとする先輩の姿を見て、後輩たちが何かを感じてくれるかもしれない。チーム内での相乗効果を呼び込む意味合いもあったのだ。
昨季、取得したFA権を行使せず複数年契約で残留。追い求めるのは、9年目にしてまだ見ぬリーグ優勝しかない。
投手陣をけん引する気概のにじむ、価値あるサインになった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)