第3回:鈴木誠也が破格の条件でメジャー契約を勝ち取った理由
MLBによるロックアウトが、解除されて1週間足らず、鈴木誠也選手(前広島)の所属先がシカゴ・カブスに決まった。
直前までは、サンディエゴ・パドレス入りが有力視され、一部のマスコミでは「入団合意」とまで報じられたが、カブスの粘りと熱意が上回り、逆転決着となったようだ。
契約金は5年総額8500万ドル(約98億~100億円)と日本人野手では史上最高額。さらに、ポスティング移籍を容認した広島には、日本円で約17億円の巨額が支払われる。
ちなみに、今季来日する新外国人選手の最高年俸はソフトバンクに入団したフレディー・ガルビスの推定3億5000万円と言うから、広島は同程度の大物を5年間獲得が可能、鈴木の“置き土産”もスケールが大きい。
「和製トラウト」と米球界でも評価される鈴木の争奪戦は当初、10球団近くが名乗りを挙げていた。
約3カ月に及ぶロックアウトの間に鈴木と代理人であるジョエル・ウルフ氏は交渉球団を絞り込み、最終的にはカブス、パドレスの他にドジャース、レッドソックス、ジャイアンツら6球団ほどが最終候補として残っている。
パドレス優位のまま迎えた3月14日(日本時間15日、以下現地時間)夜に逆転劇は起こった。
ロサンゼルスの交渉場所にカブス側はトム・リゲッツオーナーが直々に出馬。キャンプ地のアリゾナからジェド・ホイヤーGM、デビット・ロス監督も駆けつけたと言われている。中でも、選手の入団交渉にオーナーが出席するのはメジャーでも珍しく、球団側の熱意と本気度が破格の条件提示となり、入団にこぎつけた。
メジャー球団が注目する鈴木の総合力
それにしても、鈴木の評価は何故、メジャーでもここまで高いのか?
侍ジャパンの4番にして首位打者を2度獲得する鈴木の存在は早くから本場にも知れ渡っていた。最もメジャー関係者が関心を寄せたのは27歳の若さと「5ツールプレーヤー」と呼ばれる総合力の高さだ。
近年のメジャーでは、若手有望株と巨額の長期契約を結ぶ一方で、30歳を過ぎた中堅クラスは惜し気なく放出する。30歳の前か、後では評価が大きく変わる。加えて打撃、パワー、走力、守備、肩の「5ツール」を兼ね備える選手はメジャーでも数少ない。今回の交渉でもカブス、パドレス、ドジャース、ジャイアンツらナリーグの球団が鈴木獲得に熱心だった。ナリーグは今季からDH制を採用するが、元々、打って守れる選手を必要としてきた。アリーグのMVPを3度受賞したエンゼルスのマイク・トラウト二世と呼ばれる鈴木のマルチプレーヤーぶりが大きな注目を集める要因だ。
データ全盛のメジャーにあって、鈴木の評価をさらに高めたのがOPSによる数値もある。出塁率と長打率を足し合わせたものがOPSとして弾き出され、得点能力の高い好打者の指標とされる。
「.700」で平均、「.900」なら一流とされる中で昨季、鈴木のOPSは「1.072」。日米の違いはあるにせよ、昨季メジャーで1点以上を叩き出した選手はプライス・ハーパー(フィリーズ)とゲレーロJr.(ブルージェイズ)とメジャーを代表する2人だけ。これだけでもスーパースターの資質を兼ね備えていることがわかる。
日本人野手の評価を変えた「大谷効果」
1876年創設のカブスは名門球団。長い低迷期ののち、2016年に108年ぶりのワールドシリーズ制覇も昨季はナリーグ中地区の4位に沈む。アンソニー・リゾやクリス・ブライアントらの主力選手を昨年夏に放出するなど、チームは再建に向けて模索中だ。
いきなり、鈴木はクリーンアップを任されるだろうと予想する地元記者は多い。そうした中で、激しい鈴木争奪戦となったもう一つの要因は「大谷効果」である。
これまで、日本人選手と言えば投手の評価は高いが、野手は総じてパワー不足の声が定着していた。しかし、昨季の大谷の二刀流の活躍は本場ファンの見方も変えた。投げても、打ってもパワフルで全米中を虜にしている。さらに日本人が多く生活するシカゴなら、観客動員でも期待出来る。したたかな計算も当然されているはずだ。
短いキャンプ期間で開幕に突入、慣れない環境など鈴木の前に難問はある。加えて100億円プレーヤーとしてのプレッシャーものしかかるだろう。
それらのすべてをはねのけて「SEIYA・SUZUKI」が間もなく、オープン戦にデビューする。
新たな時代が始まった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)