「振っていかないと何も始まらない」
濃密な4日間だったに違いない。背に受けた歓声と、すぐに味わうことになる力の差も合わせて……。
阪神タイガースの前川右京が、瞬く間にファンの間にその名を知らしめたのは13日の巨人戦だった。
キャンプ中から実戦で快音を残し、評価を上げていた長打力が売りの期待の高卒1年目。一軍首脳陣にもファームから推薦の声は届いており、今年初の「伝統の一戦」で満を持しての昇格となった。
毎年、甲子園で行われる巨人とのオープン戦では新入団選手の紹介が実施されており、いずれにせよ背番号58は聖地に姿を見せる予定だったのだが、お披露目だけに終わらなかった。
「7番・左翼」でスタメンに名を連ね、そのまま一軍デビューを飾ったのだ。
2回二死二塁で迎えた第1打席。巨人・赤星優志の投じた2球目の直球をファウルにした。
「やっぱり振っていかないと何も始まらないと思って。しっかり振ったら強いファウルになりました」
ファーストストライクから積極的にスイングする姿に、18歳の初々しさや緊張は皆無だった。
6球目のフォークに空振り三振に倒れたが、気持ちのこもったアグレッシブなスタイルはこのあと実を結ぶ。
7回一死一塁の第3打席で、戸田懐生のフォークを捉えて右前打。追い込まれながらも仕留めた“初安打”を「ずっと泳がされて全然ダメだったので、何とかして付いていくと思って、ちょっと我慢して打てました」と振り返った。
さらに同点の9回二死でも、再びフォークを中前に運んで2安打をマーク。持ち味である強い振りを見せながら、対応力も示した。
「フルスイングがファウルになるところは今後の反省点として、2本打てたのはプラスとして。次の試合は今日を抜きでこれ以上のプレーができるように」
浮かれることなく、プロらしく次戦を見据えるコメントからも18歳とは思えない資質を感じた。
「タイガースファンの皆さんの応援がすごかったので、改めて球場(甲子園)で試合ができてすごいと思った。」
智弁学園時代に猛打を奮った甲子園で踏み出した“第1歩”は、2安打以上の価値を伴っていた。
ファンへの顔見せ、将来へ向けたお試しで1日限定の昇格のはずが、矢野燿大監督は試合後「小手先で振らない。しっかりバットを振れるのは前川の大きな魅力。純粋に見たいよね、もうちょっと」と2日後の福岡遠征にも帯同させることを明言。ソフトバンクとの2連戦では1試合のスタメン出場を含めて計8打数無安打・4三振とプロの洗礼を浴びたが、まだタテジマに袖を通して2カ月足らずの有望株には、凡打ですらたっぷりの“栄養分”になるだろう。
「やるからには(開幕一軍)目指してますし、やっていかないといけない。グラウンドに立った以上は自覚と覚悟を持ってやっていきたい」
どんなスケールの打者に、そしてどれだけのスピードで駆け上がっていくのか。
前川右京に夢を見る日々が始まった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)