自力で奪った“3つのアウト”の価値
小さな「咆哮」に、このマウンドの重要性がにじんだ。
張り詰める緊張感の中、徳俵に足をかけていたのはタイガースの4年目・湯浅京己。甲子園球場で行われた6日のベイスターズとのカード2戦目は、同点の延長11回に出番が巡ってきた。
先頭で対峙した大田泰示に2ボール・2ストライクから投じた152キロの直球を右翼へ弾き返され、打球をチャージしてきた佐藤輝明が後逸。無死三塁とわずか5球で窮地に追い込まれた。
昨年一軍デビューを果たしたばかりで、登板もわずか3試合。経験の浅い右腕には極めて酷な状況だった。大きな波に飲み込まれてもおかしくない中、22歳は強く言い聞かせたという。
「やるしかない」──。桑原将志とのマッチアップで、その思いは表れた。
クセモノの1番打者に粘られながらも、フルカウントから投じた7球目のフォークで空振り三振。3球で追い込んだ後の4球のうち、3度投じた自身の武器を最後まで信じた結果だった。
続く左打者の楠本泰史には、一転してストレート中心の攻め。最後は151キロでバットをへし折って力ない一ゴロ。これでは三塁走者も本塁へ突っ込めない。
ただ、二死までこぎつけても一軍の舞台にひと息つく場面は皆無。迎えたのは2020年の首位打者であり、昨年まで2年連続で3割超えの佐野恵太だった。
しかし、格上の好打者に対しても、この夜の背番号65は、腕の振りが緩むことはなかった。
148キロの直球で一ゴロ。繰り出したガッツポーズに、自力で奪った3つのアウトの価値が透けて見えた。
指揮官も高評価「自信にして」
「ピンチの場面でしたが“やるしかない”という気持ちで1球1球、丁寧に投げることができました。相手に合わせることなく、自分の間合いで投げられた事がいい結果につながったと思います」
窮地でも自分の間合いを見失わなかったところに強心臓ぶりがうかがえる。
矢野燿大監督が“新守護神”に抜てきした理由も少し分かった気がした。
開幕戦で9回を任せたカイル・ケラーが2試合続けてセーブ機会に失敗。コロナ禍で来日が遅れて実戦不足だった助っ人右腕は、早々と二軍での再調整に入った。
そこで代役に指名されたのが、春季キャンプ・オープン戦とアピールを続けてきた湯浅だった。当初は荷が重いと感じてしまったが、若手随一の豪腕は、まずは最初の修羅場を乗り切って見せた。
ここまで、セーブシチュエーションでの登板機会は訪れていない。それでも、延長10回を零封した不動のセットアッパー・岩崎優から受け取ったバトンをしっかりつないで示した“新方程式”。「ああいうところのポジションのピッチャーを育てないとダメなんで。きょうのピッチングを自信にしていってもらったら」と評価した指揮官も、更なる期待を持って9回に送り込むだろう。
開幕から9連敗、リーグ最速の10敗到達と試練が続いているタイガース。
そんな中で着実に経験を積んでいる若武者。湯浅の成長と進化は、チームの逆襲と無関係ではなさそうだ。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)