白球つれづれ2022~第17回・日本一の捕手に喝を入れた藤本監督の狙い
日本を代表する捕手、ソフトバンクの甲斐拓也選手が、途中交代を命じられたのは今月22日の対日本ハム戦のことだった。
先発のコリン・レイが2回7失点の大乱調でKO。そのあおりを食った形で甲斐も3回の守備からベンチに下がった。プロ入り最短の交代令だ。
「メッセージですね。何か考えてくださいと言う事」と語った藤本博史監督は試合後の宿舎で甲斐と約40分の緊急面談を行ったと言う。
気になる中身の一端を指揮官が明かしている。
「侍ジャパンとうちの投手陣は違う。それぞれの投手に応じたリードが必要」と創意工夫の不足を指摘。
もっと、かみ砕いて言えば、侍ジャパンのようなエースが集結する集団なら厳しいコースを要求して、その通りの投球が期待出来る。だが、もう少しレベルの低い投手では理想通りにはいかない。コーナーぎりぎりにコントロールできないなら、少し甘いコースに構えても本来の球威を生かす方法もある。
この試合に大敗を喫してチームは3連敗。開幕直後の連勝街道から陰りの見え出したチーム状況に首脳陣は“カンフル剤”として甲斐の途中交代と言うショック療法を選択したのだろう。
各チームの主力捕手が軒並み戦線離脱
ロッテの佐々木朗希投手が完全試合を達成すればマスコミもファンも佐々木への賞賛一色。共同作業である松川虎生捕手のリードは隅に追いやられる。
それでいて、投手が打ち込まれると捕手のリードが指摘される。何とも因果なポジションである。
今年も、と言っていいかもしれないが捕手受難のシーズンだ。
昨年の日本シリーズMVPに輝いたヤクルト・中村悠平選手は下半身の張りを訴えて開幕から戦線離脱。
論外は西武・森友哉選手で4月2日のロッテ戦中にイライラを爆発させてマスクを投げつけた際に右中指を骨折している。森の場合は打撃でも3番を任される主軸打者だから、チームが一気に戦力ダウンしたことは間違いない。
首位を快走する巨人でも大城卓三選手が急遽、戦列を離れている。22日の中日戦でファウルフライを追いかけて一塁側カメラマン席のテレビカメラと激突して裂傷、翌23日の同カードでも走塁中に右足をひねり途中交代するなど不安材料が広がっている。
25日現在、規定打席に到達する捕手で打撃成績も好調なのは中日の木下拓哉選手(.280)だけ。ほとんどのチームは複数捕手でやりくりしているのが現状だ。
「捕手はグラウンド上の監督」とは言い古された言葉である。他の野手がホームベース方向を向いて守るのに対して、全方向に目を凝らし注意を払うのだから責任は重い。
かつての名捕手である野村克也氏は名捕手の条件として真っ先に「洞察力」を上げている。打者に対して、相手ベンチに対して、何を考え、どう対処するかが最重要と説いた。
冒頭の甲斐と藤本監督との緊急ミーティングに話を戻そう。
首脳陣が正捕手に要求するものは多岐にわたる。
「侍ジャパンとうちの投手陣との違い」とはすべてが千賀滉大投手クラスでないなら、自軍投手のストロングポイントと好不調の波をつかんだ配球が求められる。
もちろん相手打者の好不調によっても攻め方は変わる。さらにデータ分析の進む現代野球では、捕手の配球パターンまで研究される。ここに試合の流れも加わる。点差によっても捕手のリードは変わらなければならない。何百何千の数式を瞬時に組み立てていかねばならないのだから、どれだけ重労働かがわかる。
かつてV9時代の巨人では川上哲治監督が森昌彦(後に祇晶)を名指しで叱り、ヤクルト時代の野村克也監督は古田敦也を試合中でも叱責して、名捕手に育て上げた。
名捕手あるところに栄冠あり。
今回の藤本監督の甲斐への交代令と緊急面談も、その延長線上にある気がしてならない。
日本一の捕手に喝を入れて、チームにも一段の緊張感を生む。育成時代からの甲斐を知る指揮官ならではの深慮遠謀が見え隠れする。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)