見る者を魅了した107球
6連敗で4位転落と、開幕時を想起させるような暗雲に包まれたタイガースに、希望の光を照らしたのは藤浪晋太郎だった。
京セラドーム大阪で行われた13日のドラゴンズ戦に先発し、7回を投げて4安打1失点。貧打に苦しむ打線の援護は最後までなく、今季2敗目を喫してしまったが、輝きを取り戻した背番号19の姿はまぶしく映った。
やはり役者が違った。前日の試合中に流れる予告先発のアナウンスの時点でスタンドからは拍手が起こり、当日の「ピッチャー・藤浪」のコールには1年目から今も変わらない大きな期待が拍手となって場内に響く。
近年はマウンドに立った後にため息が漏れることが多かったが、この日は出色のパフォーマンスで見る者を魅了した。
序盤から圧倒的な投球でドラゴンズの各打者をねじ伏せ、3回までは完全投球。常時150キロ台の直球、鋭く曲がるカットボール、140キロ台後半の落差あるスプリットをバランス良く投げ、的を絞らせなかった。
みんな“これが見たかった”
この日も最速160キロをマークした直球を持ちながら、近年はその武器に頼らない投球を理想としてきた。
直球とカットボールのほぼ2球種で抑えられていた時代もあった。ただ、現代の野球では150キロ台後半の直球も珍しくなくなり、右腕も時代に即するように「いろんなボールを使って抑えていきたい」と口にすることが格段に増えた。
そこで、新たに数年前から配球に加えたのがスプリット。一昨年から勝負球だけでなく、カウント球で投げるようになった。
昨年も「今は自信を持っている球種。カウント球にも勝負球にも使えると思っています。もともとカウント球っていう選択肢がなかった。昨年(=2020年)のシーズン途中から意識して投げるようになったんですけど。自分の思っていた以上にゾーンで空振りが取れたり、当てられてもゴロが多かった印象が強かった。今まで食わず嫌いしてたというか。浮いたら打たれるイメージが強かった。価値観として変わってきたので自分の引き出しにしたい」と確かな手応えを口にしている。
ドラゴンズ戦は107球のうち約3割がスプリットで、カットボールの割合を上回った。
加えて、不振時の“象徴”のようにされていた右打者の内角高めに抜けるボールも、筆者が見た限り1球だけ。制球の乱れがないため、直球とスプリットは途中まで軌道が同じで打者も判別できていないように見えた。その結果が、2年ぶりの2ケタ奪三振という数字に浮かび上がる。
「いろんな球種をバランス良く投げ込むことができた。ある程度、自分でも手応えはありますし、しっかり次回につなげていければ」
8月に昇格後は2戦連続で好投しながら白星には結びつかず、いまだ今季未勝利。ただ、豪球でねじ伏せ、急降下するスプリットで打者を空転させる投球に筆者は満足感すら覚えていた。
“これが見たかったんだ”──。忘れかけていた藤浪晋太郎のポテンシャルをあらためて見せつけられた1日だった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)