金属バットを木製バットに変えて…!
今年は8月6日に開幕した『第104回全国高等学校野球選手権大会』。コロナ禍とも闘いながらではあるが、球児たちの熱戦が連日繰り広げられている。
これまでの長い歴史を振り返ると、快進撃を続けるチームの中には、決まって“ラッキーボーイ”が存在した。
魔物が潜むと言われる聖地で周囲もあっと驚く活躍を見せ、チームを勝利に導いた男たち。まず取り上げたいのが、1978年にベスト4に進出した岡山東商の石岡浩己だ。
2回戦でセンバツ準優勝の福井商と対戦した岡山東商。試合は1-2とリードされて9回裏を迎える厳しい展開だった。
一死から連打で一・二塁とし、ここで5番・石岡が打席へ。その直後、なぜか手にしていた金属バットを投げ捨てると、ベンチに戻り、なんと木製バットを持って再び打席へ……。
わざわざ木のバットに替えたのは、「福井商の投手(=板倉利弘)は下手投げで外角を攻めてくるから、確実にミートするには木のほうがいい」と思い直したから。そして、その読みはズバリと当たる。
板倉の2球目、外角球を迷わず一振すると、打球は右中間を深々と破って二者が生還。劇的な逆転サヨナラ勝ちを収めた。
だが、話はこれだけでは終わらなかった。
石岡は3回戦の旭川竜谷戦でも4回に逆転2ランを放ち、2試合続けて勝利のヒーローになった。ちなみに、この本塁打を放った時に使っていたのは金属バット。「旭川竜谷の浜崎(光浩)投手は、上手からの速球で攻めてくる。詰まらずに振り抜くには金属のほうがいい」という理由からだった。
こうして状況に応じてバットを使い分ける洞察力の深さが“2度の幸運”を招き寄せたと言える。
さらに準々決勝の豊見城戦でも、石岡は2安打・1打点とチームの勝利に貢献。延長10回には三塁走者としてスクイズでサヨナラの生還を果たす。両腕で本塁ベースをしっかりと抱いた石岡は、球審が「ゲームセット!」を告げるまで離さなかった。
準決勝では高知商に0-4と完敗。ここで快進撃も終わりを告げたが、この試合でも石岡は3安打を記録。「ここまでやれただけで満足です」と胸を張って甲子園を去っている。
斎藤佑樹と対決した「シャーッ!」と叫ぶ代打男
打席で投手に向かって「シャーッ!」と気合を発するパフォーマンスで人気者になったのが、2006年に甲子園初出場をはたした鹿児島工の今吉晃一だ。
身長165センチ、体重89キロのずんぐり体型と五厘刈りをトレードマークに、試合の重要局面となる中盤から終盤にかけて代打で登場。快打を放ってチームを勝利に導いた。
同年は優勝投手になった早稲田実・斎藤佑樹が“ハンカチ王子”と騒がれて社会現象にもなったが、早稲田実を率いた和泉実監督も「あの時点(準決勝)では、斎藤よりも『シャーッ!』って子のほうが全然人気あったんだから」と振り返るほどだった。
もともとは控え捕手だった今吉だが、2年の秋に腰の上部を疲労骨折。医師から「(来年の)夏には間に合わない」と宣告された。
そんな絶望のどん底だったときに、中迫俊明監督から「バットが振れるのなら、代打をやれ」と言われたことが、大きな転機となる。
最初はなかなか結果が出なかったが、あるとき打席でひと声叫んだところ、気分転換になってしだいに安打が出るようになった。
実は、叫んでいたのは「シャーッ!」ではなく、「来いよ、おら」だったという。
まるで喧嘩を売るように闘志を前面に出した打者に対し、相手投手は直球勝負を避け、変化球でかわしたくなるもの。
そんな心理を読んで、変化球を狙い打ちしたことが、県大会から甲子園の準々決勝・福知山成美戦まで9打数7安打、打率.778という好成績につながる。
その福知山成美戦でも、1点を追う7回に駒谷謙のスライダーを狙い打ってショートへの内野安打。一塁にヘッドスライディングしてセーフになると、ベースの上に立ちはだかって歓喜の雄叫びを上げた。
ムードメーカーの一打で勢いづいたチームは直後に同点に追いつき、延長10回サヨナラ勝ち。初出場でベスト4入りの快挙を成し遂げた。
準決勝の早稲田実戦では、6回二死二塁のチャンスで斎藤との対決が実現したが、フルカウントから空振り三振。今吉を三振に打ち取った直後、マウンドの斎藤が両拳を握りしめて「シャーッ!」と叫ぶ姿も印象的だった。
地方大会でメンバー外だったのに…?
最後は県予選では登録外だったのに、甲子園でメンバーに抜擢されると、一躍ラッキーボーイになったのが常葉菊川の伊藤慎吾だ。
2007年、春夏連覇を狙う常葉菊川は、3回戦の日南学園戦で7回まで散発の3安打に抑えられ、0-3と敗色濃厚だった。
だが、8回に二塁打と四球に足を絡め、二死二・三塁と反撃する。この場面で代打に起用されたのが伊藤だった。
ファウルでフルカウントまで粘った伊藤は、有馬翔の内角直球をフルスイング。打球は起死回生の同点3ランとなって、左翼席に突き刺さった。
そして、同点の延長10回二死一・二塁。この日2度目の打席に立ち、「決めてやる」と心に期していた伊藤は、中崎雄太から中前にサヨナラの適時打。一人で全打点を挙げる大活躍で勝利のヒーローになった。
静岡大会中に行われた紅白戦で本塁打を打ったことがきっかけで、駆け込みで甲子園メンバーに選ばれたラッキーボーイの快挙。逆転試合を何度も経験している森下知幸監督も「こんなこともあるのか。伊藤は何か持っていると感じていたが…」と驚くばかりだった。
準々決勝の大垣日大戦からスタメンをかち取った伊藤は、11打数7安打6打点という驚異的な数字を残し、チームの4強入りに貢献している。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)