コラム 2022.09.26. 06:29

坊ちゃんとマドンナ 身の丈にあった“家”がないゆえの「広域フランチャイズ制」

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マドンナ・スタジアムの向こうには球宴も開催された坊っちゃんスタジアム [写真=阿佐智]

日本独立リーグ考~第2回:四国アイランドリーグplus


 日本の独立リーグは、無論のことアメリカのそれに倣ってできたものだ。

 野球の本場・アメリカでは独立リーグだけでなく、あらゆるプロスポーツが自らの身の丈にあった規模の都市に本拠地を置き、地域密着型の運営を行いその持続的発展を目指している。




 一方、日本の独立リーグは2005年のスタートから「地域密着」をその理想として掲げてはいるものの、フランチャイズについては基本的に都府県をその単位とし、特定の都市あるいは球場を本拠とはしていない。

 各球団も表向きはフランチャイズ県内最大の施設を「本拠地球場」として紹介しているが、それは象徴的なもので、実際はホームゲームを県内の数か所の球場に分散して開催している。


県内No.1の施設を数試合は使用するが…


 その原因は大きく2つある。他団体との共存、もうひとつは身の丈に合い集客に適した球場の確保が難しいということだ。

 日本の野球界において、独立リーグは後発の団体である。全国に幾多ある球場は、すでに少年野球から学生野球が使用するところとなっている。


 草創期の独立リーグは、それら既存の団体と折り合いをつけながら球場を確保してきた。地方公共団体が税金で建てた施設である以上、営利を目的とするプロ球団が特定の施設を占有することは難しい。

 そもそも興行試合に対しては、NPBの試合開催を想定した高額の使用料が設定されており、これは1000人も入れば「大入り」の独立リーグ球団に支払える額ではない。

 多くの球団が地域密着の名の下で使用料の減免を受けているが、それゆえ他団体との共存は必須。結果として、特定の球場に居座ることなく、フランチャイズ県内の複数の球場を転戦することになる。


 それでも地域のシンボルとなるべく、各球団とも県内No.1の施設を年間数試合は使用する。しかし、NPBの公式戦誘致を前提にした数万人収容のスタンドをもつこのような施設が、独立リーグの身の丈に合わないのは明白である。

 現実には巨大スタンドに数百人しか集まっていない状況は、客の入りの悪さを際立たせる結果となる。過去にはキャンペーンを張って1万人前後の動員を成し遂げたこともあるが、事前の営業活動や地元団体のバックアップ、それに招待券で「背伸び」した動員は一過性のものにしかならない。


 地域密着が定着しているアメリカでは、地方都市の球場のキャパシティは、その町に根を下ろす「おらが町」のチームの集客レベルに合わせたものになっている。

 そのほとんどは外野スタンドのない、数千人規模のもの。プレーレベルの低い、つまり動員力のないリーグの場合は、1000人に満たない球場を恒久的な本拠として間借りしている。

 しかし、日本では地方に大都市と変わらぬインフラを整備することを是としてきた政治風土の下、地方都市、とくに地域の拠点となるような中核都市には、巨大なスポーツ施設が建設されることになる。

 野球の場合で言えば、NPB公式戦開催を名目に2~3万人収容のスタンドをもつスタジアムが建設されるのだが、そのようなビッグイベントが開かれるのは年数回もあればいい方で、年の大半はほとんどの席は風雨にさらされるだけとなっている。


NPBの球宴が行われた「坊ちゃんスタジアム」


 7月中旬の愛媛県松山市。月末に控えたプロ野球(NPB)オールスター戦を盛り上げるべく、県庁ビルの最上部のドーム型屋根には野球のボール仕様のカバーがかぶせられ、野球草創期の明治時代から走るという市電にもオールスター戦のペインティングがなされていた。 

 野球が伝来して今年で150年。この町は「野球」という訳語を発明したと言われている歌人・正岡子規のふるさとである。

 町の郊外にある運動公園内の野球場は、子規の友人でもあった文豪・夏目漱石の松山を舞台にした小説にちなんで「坊ちゃんスタジアム」と名付けられている。

 二層式の立派な内野スタンドに20段を超える外野スタンドをもつ収容3万人の巨大スタジアムはオールスター戦の舞台として申し分ない。

 しかし、この立派な球場は地元独立リーグ球団・愛媛マンダリンパイレーツには、少々大きすぎる「家」のようだ。

 今シーズン、愛媛球団は7試合の公式戦をここで実施したが、総動員数は6427人。ダブルヘッダーが1度あり、試合ごとに観客数が発表されるものの、観客の入れ替えはしないので、実際の動員数は6262人である。1試合平均にして1044人という動員数は、収容3万人のスタンドにはあまりに少なすぎる数字だ。


 取材した試合は、この巨大スタジアムに隣接するサブグラウンド「マドンナ・スタジアム」でのデーゲームだった。

 公式戦とは言え、地元の様々な野球団体との共存を図らねばならない独立リーグ球団が球場を1日中使用することは難しいのか、選手たちは球場の周辺でウォーミングアップをしていた。フィールドでは女子野球の試合が行われていた。

 両球場を含むスポーツ複合施設・松山中央公園は、松山駅からひとつ目の駅前にある。この立地は日本中の独立リーグ球団の使用球場のどれよりも恵まれているだろう。

 集客よりも地元住民のレクリエーションに主目的を置いている地方のスポーツ施設は、郊外に立地しているのが相場だ。松山にはJ3に属するプロサッカーチーム・愛媛FCがあるが、このチームのホームグラウンドは松山市街からバスで40分近く行ったところにある。そういう中でこの立地は、独立リーグの本拠として理想的と言っていい。


 また、収容2000人というサイズも、「マイナーリーグ」の身の丈にはちょうどいい。

 ここ数年はコロナ禍もあり、リーグの1試合当たりの観客動員数は200人前後まで落ち込んでいるが、それ以前の2019年は約500人だったことを考えると、この数字が現在のこのチームの動員力と言っていいだろう。そう考えると、この規模の球場を満員御礼にすることが、愛媛球団の当面の目標なのではないか。

 しかし、現実には14時開始のこの日の観客は348人。休日とは言え、猛暑の中でのデーゲームはエンタテイメントとしては「不合格」ということなのか。

 ならば、ナイターで開催すればいいのではないかと思うのだが、この球場の照明設備は軟式用のものでしかなく、硬球を使用する「プロ野球」には対応していないのだという。

 その照度の基準は、リーグ発足時に創設者である石毛宏典が中心になって決めたとのこと。NPBの第一線でプレーしてきた彼が定めた基準だから、おそらく「NPB基準」と同等かそれに近いものだろう。

 選手のパフォーマンスや観客の安全面を考えると、ある程度はうなずける話ではある。しかし、独立リーグの試合にそこまでこだわる必要があるのかとも思わないではない。

 実際、アメリカのマイナーリーグや世界各地の小規模プロ野球リーグでは、内野スタンドからみても外野フェンス近くの打球が見えないということは決して珍しいことではない。その程度の照度でも「プロ野球」は開催されているのだ。

 球場の所有者である松山市が地元球団のために照明の照度を上げてはどうかとも思うのだが、しかし、それなりの費用をかけて硬式仕様のナイター設備を整備したところで、愛媛球団がここを常打ち球場にすることはない。


“日本流の方法論”での球団運営


 愛媛球団の運営はリーグ2年目の2006年以来、地元広告代理店の星企画が担ってきたが、累積する赤字はやがて一地方企業が補填できる範囲を超えた。

 その結果、愛媛球団は2009年から翌年にかけて愛媛県と県内の自治体からの出資を受け、「県民球団」化した。それゆえ、愛媛球団は県内各地で試合開催を行うことが使命となっている。今シーズンの愛媛球団は実に県内13球場で公式戦を開催した。


 四国だけでなく、日本の独立リーグは球場に足を運ぶファンからの木戸銭で運営を行うというプロスポーツの経営の基本中の基本を目指さなくなっている。

 オフの営業活動で地元企業から広く薄くスポンサーを募り、年間運営費を確保した上で、シーズンを乗り切るというビジネスモデルを採用している。シーズン中に入るチケット収入やグッズ、飲食販売は「副収入」という位置づけだ。

 このモデルで、現在多くのリーグ、球団が黒字を達成している。愛媛球団も、赤字が出れば県内各自治体が出資した資本金を食いつぶしていくことになるが、愛媛球団の場合、2013年以降、地方公共団体や地元企業の支援もあって黒字経営を続けている。県内各地での試合開催を含めた地道な地域貢献活動が功を奏したかたちだ。


 しかし、果たしてこのようなスポンサー頼みの球団経営がプロリーグとしての独立リーグのあるべき姿なのかについては疑問が残る。

 発足4年目の2008年のホーム開幕戦。愛媛マンダリンパイレーツは、坊っちゃんスタジアムでリーグ初となる1万人超え(10288人)の動員を果たしたが、前述のようにこれは事前のキャンペーンあってこその数字である。

 愛媛球団が、立地最高でかつ身の丈にあったマドンナスタジアムに腰を据え、松山市民の夕涼みの場としてここを定着させるのが、アメリカ流のプロスポーツのあるべき姿なのだろうが、愛媛球団は「県民球団」という日本流の方法論での球団運営を模索している。


文=阿佐智(あさ・さとし)



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