日本独立リーグ考~第5回:さわかみ関西独立リーグ
“野球処”の関西で独立リーグがスタートしたのは、今から13年前の2009年のことだった。
IT関連の企業家を自称する人物が、すでにNPBの球団が本拠を置く阪神地区を中心とする近畿地方に「都市型独立リーグ」という新たなビジネスモデルを立ち上げるという意欲的な発想の下、初代・関西独立リーグを発足させたのだ。
それまで、日本の独立リーグはNPBと商圏の重ならない四国や北信越といった「プロ野球空白地帯」に拠点を置いていたが、この新リーグは「野球観戦人口の多い大都市圏にこそ独立リーグの需要がある」として、大阪と和歌山、そして兵庫に2球団の4球団体制でスタートした。
トライアウトには多くの選手が集まった。その中には、月20万円という先行の2リーグを大きく上回る報酬に魅力を感じたのか、他リーグからの移籍希望者も多数存在した。
中でも話題を呼んだのは、「日本男子プロ野球史上初となる女子選手」となった女子高生投手・吉田えり(現・エイジェック女子野球部)だった。
京セラドーム大阪でのリーグ開幕試合には、神戸ナインクルーズに入団した吉田人気もあって独立リーグ新記録(当時)となる1万1592人の観客を集めたが、この大きな打ち上げ花火がこのリーグの最後の輝きだった。
注目を集めたのは“ゴタゴタ劇”
「終わりの始まり」はすぐにやってきた。
開幕後、ひと月ほどでリーグ運営会社にそもそもの資金がないことが発覚。結局、加盟4球団がこの運営会社から「独立」し、新たな運営会社を設立する形でリーグ戦を継続したが、その後も選手報酬を減額したり、NPBのトライアウトに大量の選手が受験をしにいった中、リーグ戦を実施するために指導者が突然「現役復帰」したりといった事態が起こった。
さらには運営を巡る対立のため、シーズン直後に観客動員トップだった大阪球団と、リーグ運営の中核を担い翌シーズンから加入予定だった三重球団が脱退。新リーグを立ち上げるなど、野球そのものよりゴタゴタ劇で耳目を集める結果となった。
関西独立リーグは、それでも2年目のシーズンを迎えたが、このシーズン途中には選手への報酬の支払いを中止ししてしまう(インセンティブはあるとされたが、現実には支払われることはなかった)。
それでも、このリーグは「プロ」を自称し、2013年まで活動を続けた。おそらく軟式トップレベルとさほど変わらないところまでプレーレベルを落としたこのリーグは、5年で活動を休止する。
この休止も、既存のアマチュア組織に加入せず活動を行う高校・大学との提携を模索する神戸球団の後継球団・兵庫ブルーサンダーズと、それによるプロ・アマ双方からの孤立を危惧するリーグ運営の中核を担っていた紀州レンジャーズとの対立の結果、加盟全3球団がリーグから脱退するという「お家騒動」の末のことであった。
兵庫球団は、東大阪市に拠点を置くゼロロクブルズとともに新リーグ結成を模索。新たに立ち上がった姫路球団を加えた3球団で新リーグ、ベースボールファーストリーグを発足させた。
このリーグは、参加チームの入れ替わりがありながらも、2016年には2人の育成ドラフト指名選手を、翌17年には支配下指名の選手も輩出し、2019年からは4球団体制に拡大。昨シーズンからは、かつての「関西独立リーグ」を名を継承し現在に至っている。
「負の遺産」を背負って
7月のとある平日。真夏に差し掛かろうとする大阪市内のスタジアムのスタンドには、ほとんど観客の姿はなかった。
この日、主催球団である堺シュライクスは、球場に足を運んだファンに無料でチケットを配布していた。木戸銭無料なのだからチケットなど配る必要などないだろうとも思うのだが、客入りのカウントに必要なのかもしれない。
スポンサー収入に依存する現在の日本の独立リーグにおいては、客がいようがいまいが、とにかく試合を開催することが大事なのだ。わずかながらの観客でも、SNSやインターネットによる情報発信や、まれにあるメディアでの露出があることにより、それを目当てにしたスポンサーが集まる。
ところが、この日の試合会場・南港球場の外野フェンスには、独立リーグの試合会場で必ず目にする横断幕の広告がなかった。ここを使用する高校野球との兼ね合いで、広告の張り出しができないのだという。先代リーグ以来の球場確保という問題が解決していないようだった。
プロアマ含め日本で最も野球が盛んな関西圏において、新参の独立リーグが球場を確保するのは困難を極め、旧リーグ時代は、観客動員にどう考えても不向きな山上の球場で公式戦を開催するようなこともあった。
今や日本一の人気球団と言ってよい阪神タイガースと、リーグ連覇を果たして急速にファンを増やしているオリックス・バファローズというNPB2球団の間で独立リーグが埋没している構図は、旧リーグから全く変わっていない。むしろ旧リーグ以来の「負のイメージ」をひきずりながら新・関西独立リーグは苦闘している。
それにしても、なぜ決してプラスにとらえられることはないだろう「関西独立リーグ」の名称を名乗ることになったのか。
兵庫球団代表を務める川崎大介はその理由については明言しなかったものの、旧リーグの名称に戻したことの負の側面についてはこれを認めた。
「たしかに、『カンドク(関西独立リーグの愛称)』にいいイメージはないですからね」
旧リーグが、発足時の「バブル」以降、メディアを賑わせるのは度々起こった不祥事の時くらいしかなかった。
2010年には、“カンドク”を脱退してジャパンフューチャーズベースボールリーグを立ち上げた大阪ゴールドビリケーンズで野球賭博事件が起こったが、世間はこれさえも「カンドク案件」と受けとった。
翌年には、カンドクに新加入した大阪ホークスドリームで監督が詐欺容疑で逮捕される(不起訴)など、「大阪の独立球団」のイメージは地に落ちた。
それでも、あえて2019年シーズンを前にベースボール・ファースト・リーグの名称を「旧称」に変えたのは、「孤立状態」からの脱却を図ろうという意志の表れだったと思われる。
実際、改称後に新・カンドクは独立リーグの合同組織である日本独立リーグ野球機構(IPBL)加盟への動きを見せている。
しかし、この動きに水を差す出来事がまたもや起こってしまう。リーグの中心的存在であった兵庫球団の代表(当時)が無免許運転により逮捕される事態に「カンドク」の苦い記憶がよみがえってしまった。
旧カンドク発足時の選手だったこの元代表は球団とリーグから追放されることになるのだが、そのあとには多額の負債が残された。
チームに集った若い選手の夢を摘み取ることがないよう、その負債を引き受けるかたちで川崎が球団を引き継いだ。以降、神戸三田ブレイバーズ、そして兵庫ブレイバーズと毎年のように変わるチーム名からは、負の遺産を払拭したい球団の思いが伝わってくる。
いまだにつきまとう負の遺産は、IPBL加盟に向けてのハードルになっている。加盟の意志を示した新・カンドクにまず突き付けられたのは、新旧リーグに長らくかかわってきた先述の元代表とは一切かかわっていないという事実確認だった。
「プロ」というハードルに対する忸怩たる思い
新・カンドクは未だIPBLには加入していない。IPBL当局は、新カンドクから加盟申請があったかどうかについて口を閉ざす。一方の新カンドク側は、「審査落ち」という認識をもっている。
IPBL入りへの障壁は取り除いた。アマチュア団体との良好な関係を模索するIPBLの方向性に従い、既存の学生野球団体に加入せず活動を行っていた学校法人との提携は解除した。それでも突き付けられた2年連続の審査落ちという結果に、堺球団代表でリーグ理事の夏凪一仁はいらだちを隠さなかった。
「結局のところは報酬の件なんですけど、ここが一番のネックなんですね。でも、だったら北海道が通ってなんでうちがだめなのという気持ちは拭えませんね」
「IPBL」とは「インディペンデントプロフェッショナルベースボールリーグ」の英語の頭文字をとったものである。つまり、加盟リーグは「プロ」でなければならないという立場だ。
カンドクは旧リーグの2年目途中から、選手報酬は基本的になしで、活躍に応じたインセンティブだけが支給されるだけとなっている。しかし、堺球団の場合、現実にはほとんどの選手に報酬が与えられているという。
「うちは月1万から10万円を出してますよ」と夏凪は、自チームの「プロ性」に胸を張る。この待遇について、IPBLに加盟するBCリーグでプレーした経験をもつある選手はこう証言する。
「こっち(新カンドク)の方が(生活は)楽ですよ。むこう(BCリーグ)では、少ない給料の中から自分で家賃を支払わなくてはならなかったですから。うち(堺球団)では寮費がタダだし、食料品もスポンサーさんなんかから差し入れがありますので」
兵庫球団も、基本は無給で、球団は選手に地元企業でのアルバイトのあっせんをするだけであるものの、数名の主力選手はやはり月10万円ほどの報酬を受け取っているという。
夏凪が言う「北海道」とは、今シーズン発足1年目でIPBL加盟を認められた北海道フロンティアリーグのことである。
このリーグについては次回に譲るが、選手報酬はゼロの代わりに、選手に地元企業での就労をあっせんするという。
このリーグが「プロリーグ」として認められながら、現実に多くの選手がプレーに対する報酬を受け取っている新・カンドクが「プロリーグ」として認められないことは、客観的にも首を傾げざるを得ない。
ただ、IPBL側が審査の詳細どころか、申請そのものを受け付けたかどうかすら明言しない中、このことだけが新カンドクの加入を阻んでいるのかどうかはわからない。
IBPL加盟にはさらに高いハードルが横たわっている。今年から設けられた加盟費である。
詳細は伏せておくが、加盟には百万単位の費用がかかる。その半分ほどは、時が経てば返還される供託金であるが、これについても新規に参入しようとするリーグ側からすれば、納得のいかない部分があろう。
IPBL側は、アマチュア指導者資格研修への参加権やクラブチームへのスムーズな復帰、さらには交流戦、NPBの教育リーグ(フェニックスリーグ)参加などのメリットは、これまでIPBLが既存のアマチュア団体やNPBと折衝してきた賜物であるのだから、そのメリットを享受するにはそれなりの代償を支払うべきだという立場なのだろうが、ギリギリの運営を迫られている弱小リーグ側としては大きすぎる負担と言って良い。
久々に目にした「カンドク」の試合だったが、それは初代リーグ末期のそれとレベル的にさほど大差はなかった。
リーグ関係者は、社会人実業団とはいかないまでも、クラブチームよりははるか上、というが、実際にはクラブチーム出身者とIPBL加盟の上位独立リーグをリリースされた選手で構成される陣容で行われる試合は、「プロ」としての魅力に欠けるものだった。やはり、エンタテインメントとして集客するためには「プラスアルファ」が必要だろう。
「都市型独立リーグ」として、ライバルとなるであろう関西のNPB2球団のファームは興行を活発化させている。
オリックスはすでに本拠、大阪府とその周辺の数球場での二軍公式戦を恒例化させている。
阪神は2025年に親会社の電鉄沿線に数千人収容の新球場を建設し、これまでほとんど行っていなかった二軍での興行を本格化させる方向である。
NPBファームよりはるかにプレーレベルが落ちる新・カンドクの現状では、プレーの魅力だけで関西圏で興行を成り立たせるのは難しいだろう。
「プラスアルファ」を探すためだろうか、このリーグでは、韓国への遠征も模索している。
文=阿佐智(あさ・さとし)