12月連載:契約交渉から見る球界事情
球界シーズンオフの関心事の一つに契約更改交渉がある。
数字がすべての世界。契約交渉の場に就く前に戦力外通告を受ける者もいれば、大幅昇給を勝ち取って一流選手の仲間入りする者もいる。悲喜こもごもの人間模様は冬の風物詩でもある。
一時代昔なら、「どんぶり勘定」と言われた契約交渉も、今では選手の活躍度が数値化され、FA制度の導入により球団経営まで左右される。
近年はコロナ禍で観客動員もままならなかったが、ようやく通常体制に戻った球界の懐事情と、各球団の抱える問題点を契約交渉の観点から探ってみる。
第1回:FA主力流失が12球団最多の西武が抱える苦悩
森友哉選手のオリックスへのFA流失ショックも冷めやらぬ11月26日、西武球団は源田壮亮選手と5年にわたる異例の長期契約を発表した。
遊撃手として日本一と呼ばれる守備の名手にして、チームの要である主将として貢献。球団としては何としても必要な選手であるが、年俸も1億1千万円増の3億円に。今季だけの成績を見れば、打率.266、2本塁打、12打点と特筆すべきものはない。さらに前年は盗塁王に輝いた盗塁数も半減。普通に査定すれば現状維持か、ダウンが順当なところだが、ふたを開けてみれば大幅なビッグボーナスとなった。
「1年早めに複数年の提示をした」と渡辺久信GMは語る。
この直前には、同じく内野の要である外崎修汰選手のFAを阻止して4年契約。さらに来季は源田と共に主砲の山川穂高選手もFA権を取得する。正捕手の森にチームを去られて、なおかつ大物の流失となればチーム崩壊の危機だ。山川にも源田同様、大型の長期契約を用意しているのは確実で、球団としての苦労がうかがい知れる。
西武の悲劇と弱体化はFAの歴史と共にある。
1994年に工藤公康、石毛宏典がダイエー(現ソフトバンク)に移籍して以来、今年の森まで実に20人がFA権を行使して他球団へ移っていった。その顔触れを見れば、清原和博、和田一浩、涌井秀章、岸孝之、浅村栄斗ら、ライオンズの黄金期を築いた名選手が多い。FA流失では12球団最多である。これに、メジャー挑戦の松坂大輔、松井稼頭央現西武監督、菊池雄星、秋山翔吾らを加えたら豪華オールスターチームが出来上がるほどだ。
日本でFA制度が導入されたのは1993年オフの事。不幸にも? それは西武の黄金期にあたった。前述の工藤、石毛、清原らのチームの顔が移籍の道を選ぶ。加えて、大きかったのは、それまで球団の管理部長として実質上のGM職を担っていた故・根本陸夫氏が西武を去り、ダイエーの監督に就任したことでチームの「たが」が外れていった。親分肌の根本を慕う選手は多く、移籍選手の姿を数多く見てくれば、それに続く選手もFA権利を当然のように行使する。こうして、西武はFAの「草刈り場」と化していった。
手元に選手会が発表した22年度の12球団年俸ランキングがある。
これによれば1位はソフトバンクの62億1120万円(一人平均9411万円、推定、以下同じ)で、巨人がそれに次ぐ45億7857万円(同7857万円)。最下位は中日の25億1391万円(同3868万円)である。
ちなみに西武は28億1850万円(同4474万円)で7位。パリーグではソフトバンク、楽天に次ぐ3番目に位置するから決して低い数字ではない。
だが、ソフトバンクは他を圧倒する資金力があり、巨人や阪神には人気と言う「ブランド力」がある。そのため、流失が最低限で抑えられているのだろう。
かつて、大半の赤字球団は親会社から「宣伝広告費」の名目で補填を受けてきた。しかし、近年は各球団とも独立採算で経営の健全化に取り組んでいる。そのためには、チームが強く、魅力あるスター選手を揃えることが観客動員の必須条件だ。
森がオリックスに移籍しても、源田、外崎と長期契約を結び、この先に山川の流失を防げれば、チームの損失は最低限に抑えることが出来る。その反面、高額の長期契約選手が続出すれば、球団経営を直撃する。
コロナ禍にあって、親会社である西武鉄道の業績も苦戦が伝えられる。一時代を築いたライオンズ王国は、今、正念場を迎えている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)