「ただ投げるんじゃなくて…」
マンション、工場が隣接する公園にあるグラウンド。全国どこにでも存在しそうな町の風景に突然、プロ野球選手が現れたとしたら……。そんなサプライズが先日、大阪市内の某所で実施された。
「佃ホワイトスターズ」の38人がキャッチボールを始めると、ジャージ姿で左手にグラブを持った“大男”が登場。1人ずつ、見て回るようにグラウンドを一周すると、気づいた子どもたちから次第に驚き、歓喜の声があがり始める。
「え?ガチ?」「やばいって」「なんで?」
阪神タイガースの岩崎優は、「いきなりやってきました」と瞬く間に自らを囲んだ輝く瞳の数々に笑いかけた。
2016年から開催している『岩崎優の夢授業』は、野球教室を通じて夢を持つ大切さや野球の魅力を伝えるオフ恒例のイベント。今年で7回目となったが、昨年からは指導するチームを1チームに絞って、一人一人と接する時間を多くするようにしている。
「複数チームで人数が多くなると、接する時間が薄くなってしまう。1チームなら投手・野手・捕手、いろんなポジションの子どもたちに一通り教えることもできるので」
岩崎自身が望むスタイルにマイナーチェンジして、子どもたちとの距離は縮まった。
この日も13時から3時間以上、アップ、キャッチボール、1打席対決、守備練習とすべての練習メニューを間近で見守りながらアドバイス。毎年、必ず開始前に伝えるのが“キャッチボールの重要性”だ。
「ただ投げるんじゃなくて、相手の構えたところにしっかり投げられるように。10球狙って5球うまくいけば、明日は6球。そういうことを心がけていけばうまくなる。ボール(暴投)を投げてしまっても、次はどうするか考えていけばいい。ボールを投げるたびに野球はうまくなる」と呼びかけて、練習はスタートする。
最後は円になって、子どもたちに囲まれての質問コーナーを実施。疑問を投げかける子は勇気を振り絞って、その間、話を聞いている子は真剣な眼差しを送り、濃密な時間はあっという間に過ぎていった。
「プロ野球選手になりたい人いる?」
野球人口の減少が叫ばれる昨今。岩崎も危機感を覚える一人で、「そういう声は聞こえてくるので。少しでも食い止めることができたら」と今後も地道に野球少年・少女に野球の素晴らしさや魅力を伝えていくつもりだ。
日も暮れかけた頃、岩崎は最後に問いかけた。
「いつも聞いていることがあります。プロ野球選手になりたい人いる?」
ほとんどの手が挙がったのを確認して続けた。
「その気持ちを大切にして欲しい。俺も小学校の時なりたいと思って、中学校も夢を持ち続けた。その夢、今の夢を大事にしてできれば口に出して欲しい。クラスの人、先輩・後輩に自信を持っていえるように。口にすることで近づいてくるので。自分も高校、大学の時、プロ野球選手になれるのかな?周りにいないなぁ……とか思ってたけど、自分が初めになってやると思ってた。今の気持ちを大事にしてください!」
夢を持つこと、語ることは決して恥ずかしいことではない。自らがそうであったように。
有言実行で夢をかなえた左腕は「また通りかかったら現れます」と笑って、グラウンドをあとにした。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)