白球つれづれ2022~第52回・メジャー挑戦を決意した藤浪は米国で成功を収められるのか
ポスティングシステムでメジャー挑戦を表明している阪神・藤浪晋太郎投手の去就が近日中に明らかになりそうだ。
現地の報道によれば、現在、ダイヤモンドバックスやレッドソックス、ジャイアンツらの球団が獲得調査に乗り出しており、早ければ年内の入団が決まる公算が大きいと言われる。
このオフはソフトバンクから千賀滉大投手がメッツに。オリックスの吉田正尚選手はレッドソックスに入団が決まり、大きな話題を呼んだ。共に5年に及ぶ長期契約で年俸も日本円で20億円以上のンデレラストーリーだ。
これに対して、藤浪の挑戦は異質なものである。球界を代表するスーパースターの2人と比べて、今季3勝(5敗)止まり、阪神でも先発ローテーションに定着出来なかった男のメジャー挑戦には、首を傾げるむきも少なくなかった。それでも米球団が興味を示すのは、潜在能力の高さにある。
2013年に、甲子園の優勝投手として阪神に入団すると、いきなり10勝をマーク。その後も順調に勝ち星を増やして15年には14勝7敗とキャリアハイの成績で最多奪三振のタイトルも獲得している。この時点で年俸は1億7000万円(推定、以下同じ)まで跳ね上がった。
だが、その後は右肩痛や突如制球が乱れる「イップス疑惑」まで飛び出す乱調の連続。10年間で57勝のうち35勝までは入団3年目までにあげたもの。いつしか、若きエースの称号は忘れられ、今季の年俸は4900万円と、落ちるところまで落ちた。
かつては、大谷翔平のライバルと呼ばれた藤浪の資質は今でも一級品だ。ストレートは160キロ近くを計測し、スライダーにスプリットの切れ味も鋭く好調時には手が付けられないほどである。だが、その好調時は長く続かない上に、1試合の中でも制球が突如乱れて痛打されるケースが多いため、安定感がない。したがって首脳陣の信頼も得られにくい悪循環に陥っている。
そんな悩める藤浪の背中を押す形になったのは、すでにメジャーで活躍する大谷とダルビッシュ有の存在だろう。
まず、大谷は藤浪が常に意識してきた好敵手。今では天と地ほどにその差は開いているが、大谷が日本ハム在籍時には米国から多くのスカウトが来日して調査、この時点で藤浪もメジャー関係者の目に止まっていた。
高校時代には「浪速のダルビッシュ」と呼ばれた藤浪は近年、オフには米国に渡り、ダルビッシュと自主トレも行ってきた。当然メジャーへのあこがれは強くなる。こうした背景がある上に、彼らが活躍することで米球界全体が日本人投手の評価を上げている。藤浪のメジャー行きのハードルは、これによって下がり入団しやすくなったと解釈することも出来る。
実績十分なエースではない藤浪がメジャーに挑戦する意味
では、メジャー入団が決まったとして、藤浪の成功の確率はどれくらいあるのだろうか?
ある阪神関係者は、制球難に疑問を呈する。
藤浪の凋落は2017年頃から露呈した「抜け球」による死球渦が原因と指摘したうえで「今でも右打者の内角に厳しいボールは投げられず、キャッチャーのリードも外角一辺倒になっている。これを解消しないとメジャーでは通用しない」と厳しい。たしかに近年、活躍した日本人メジャー投手を見て来ると、黒田博樹、上原浩治、田中将大、前田健太らいずれも制球力のあるタイプが多い。
それでも、わずかな光明を見出すとすれば、今季の夏以降の藤浪の投球を振り返ると改善の兆しは見える。後半の7試合中6試合でクオリティースタートを記録、この間の全試合で与四死球は3以下と安定感が増しているのだ。
もし、藤浪が米国で成功を収めれば、日米間の常識にも変化が生まれるかも知れない。これまでなら日本から海を渡る選手は実績十分なエースか、強打者に限られていたが、日本で先発ローテーションにも入っていない藤浪が通用するとなったら、今後はメジャーの見方は変わって来る。
来年以降も山本由伸(オリックス)や今永昇太(DeNA)ら各球団のエースがメジャー志望を明らかにしている。そこにメジャーリーガー・藤浪が誕生することで“非エース系”まで志望者が増えるとしたら日本球界には新たな悩みを抱え込むことになる。
元怪物の覚醒か? それとも無謀な挑戦に終わるのか? 興味深い挑戦が間もなく始まろうとしている。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)