スペシャリストの神髄を注入
岡田彰布新監督のもと始まったタイガースの沖縄・春季キャンプで1つの目玉だったのが、“レジェンド”たちの招集だった。
同監督の前回指揮時に主力でもあったOBの赤星憲広氏と、鳥谷敬氏がそれぞれ第2クール、第3クールで後輩たちに指導。指揮官が目指す“アレ”を知るV戦士たちが一肌脱いだ。
特に赤星氏は初日は1軍の宜野座で近本光司、中野拓夢、熊谷敬宥らチーム随一のスピードスターたちに一塁けん制時に手ではなく足から帰塁する意識を徹底させるなど密着指導。
かと思えば、翌日は同じ沖縄の具志川でキャンプを張るファームを訪問。高卒外野手の井坪陽生らルーキーたちに走塁や守備面での助言も行った。
3日間通じて臨時コーチとして時間をかけて教え込んだ足での一塁帰塁には、ベースでの突き指や骨折など故障防止につながる部分はもちろん、現役時代に5度の盗塁王、通算381盗塁を誇る“レッドスター”ならではのこだわりが隠れていた。
俊足王の系譜を継ぐ近本が振り返る。
「キャッチャー目線で言うと、手で帰った時は“あ、走るんかな”と思うじゃないですか。それを赤星さんは“足で帰ることで(捕手に)余裕を見せていた”と言っていた。うまく使いたい」
近本クラスなら、ただでさえバッテリーから強い警戒網を敷かれる。足で帰ることで気配を少しでも消すことができれば、相手の意表を突くスタートを切れる可能性も高まるというわけだ。そして、赤星氏の狙いはもう1つあった。
「何よりも僕が足から戻っていた理由は、良い反応をしないと戻れないから、それは結果的にスタートにも生きるから。手で戻るのは反応が遅れても戻れる。(足から戻るのは)反応練習でもある」
試合中に足で帰塁しながらモーションを盗む感覚を研ぎ澄ませるというスペシャリストの神髄もしっかりと注入された。
「走塁と盗塁って実戦でしかうまくならない」
指導最終日、赤星氏のもとに向かったのはエースの青柳晃洋。
チーム屈指のスピードを誇るクイックモーションの話題から、同氏に「俺が現役だったら絶対に走りたい選手」と言われ、向上心に火がついた。
「走者・赤星」が青柳から二盗を試みるならシンカーやスライダーなど変化球を投じる配球を読んでスタートを切ることや、けん制の間や回数といった走者目線での助言を伝授された。
昨季もセ・リーグの規定投球回に到達した投手で許盗塁は最小で、阻止率もトップと特段、課題としている部分ではないものの、これまでになかった視点からのアドバイスは青柳にとっても新鮮だった。
「改善の余地があるから成長できる。まだまだ自分の中でできることは多い」
“赤星塾”は野手の「走る」ことを促進するだけでなく、投手の「走られる」ことの防止にも効果を生みそうだ。
「走塁と盗塁って実戦でしかうまくならないんですよ。(臨時コーチ期間で)基礎作りはプラスアルファでできたかなと。後は実戦で試してみて、プラスにならないと思うのだったらやめる勇気も必要だと言ってある」
技術論を詰め込むのではなく、後輩たちの背中を押すような言葉で指導を締めくくった。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)