いよいよ開幕!WBCの“名珍場面”をプレイバック
3月8日に開幕する第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を前に、過去4回の大会で話題になった出来事を振り返るこの企画。今回は第1回大会で日韓因縁対決の呼び水となったイチローの“向こう30年”発言を紹介する。
「戦った相手が向こう30年は日本には手が出せないみたいな、そんな感じで勝ちたい」
今から17年前の2006年2月21日。第1回大会の1次リーグ・アジアラウンド開幕を目前に控え、イチローが口にした「30年」という言葉が、大きな波紋を呼び起こした。
「それくらいの勢いで勝ちたい」と自軍を鼓舞する意味合いからだったが、この発言が韓国のメディアで「韓国は30年間、日本に勝てない」というニュアンスで大きく取り上げられたことから、イチローは“敵役”のような存在になる。
“イチロー発言”に韓国チームは戦意が高揚
「必ずイチローを負かして日本に勝ちたいと思った」(投手の孫敏漢=ソン・ミンハン)と、「打倒日本」「打倒イチロー」でいやがうえにも戦意が高揚した韓国チームは3月5日、2戦全勝同士でラウンド1位通過をかけて激突。8回に当時巨人に在籍していた李承燁(イ・スンヨプ)の2ランで逆転し、3-2で勝利した。
くしくも9回二死、遊飛に倒れて最後の打者になったイチローは、アジアラウンド2位という結果に「今の内容(3試合で計3安打)に満足していたら、野球を辞めなければいけない」と悔しさを噛みしめた。
さらに、両チームは3月16日、今度は舞台を米国に移しての第2ラウンドで再び相まみえる。
息詰まる投手戦で7回まで両チーム無得点。そんな緊迫した空気を破るように、8回一死、イチローが守備中に怒りをあらわにする“事件”が起きる。
「僕の野球人生で最も屈辱的な日です」
金敏宰(キム・ミンジェ)が打ち上げた一塁スタンドへのファウルを観客席まで追ったイチローは、スタンドに体を傾けるようにしてグラブを差し出したが、最前列の観客に阻まれて捕球に失敗。グラブには触れていなかったが、「(捕球の可能性は)ありました」と拳を振って悔しがった。
すると、その行為を“挑発”と受け止めた韓国人ファンからヤジが飛び、イチローも何事か言い返した。
「何をやったか覚えていない」と振り返ったイチローだが、皮肉にもこのプレーを境に流れは韓国へ。四球と安打などで一死二・三塁のピンチに、藤川球児がくしくも“韓国のイチロー”と呼ばれた元中日・李鐘範(イ・ジョンボム)に2点適時二塁打を許してしまう。あのとき、イチローが全力でファウルフライを捕りに行ったのは、「流れが韓国に行ってしまうのを何とか防ぎたい」という必死の気持ちの表れだったのかもしれない。
2-1で日本に勝利した韓国ナインは、まるで優勝が決まったように喜びを爆発させ、ビクトリーランのあと、マウンドに太極旗(韓国の国旗)を立てた。
この光景をにらみつけるように凝視していたイチローは「僕の野球人生で最も屈辱的な日です」と吐き捨てた。
韓国に敗れて1勝2敗となった日本は、この時点で第2ラウンド敗退が濃厚になったが、この2日後に米国がメキシコに敗れる波乱の結果、失点率の差で奇跡のラウンド突破をはたし、準決勝で韓国と“3度目の因縁対決”が実現する。
この試合も6回まで0-0の投手戦が続いた。意地でも負けられない日本は、7回に福留孝介の2ランで先制すると、一挙5点の猛攻で試合を決めた。
二死一・三塁からダメ押しとなる5点目の左前タイムリーを放ったイチローは「野球は喧嘩じゃないですが、今日はそんな気持ちでした」とこれまで以上に闘志を奮い立たせたことを強調した。
決勝でキューバに10-6で打ち勝ち、初代世界一の座に就いた日本は、09年の第2回大会でも、韓国と第1ラウンドから計5回にわたって対戦。
第1回大会の計3回も含めて、同一大会で何度も顔を合わせるめぐり合わせも、因縁対決のイメージをより強めた。
値千金の「決勝2点打」
そして、大会5度目の日韓対決となった決勝戦では、日本が延長10回の末に5-3で勝利。大会2連覇を達成した。10回に値千金の決勝2点適時打を放ったのがイチローだったのも、象徴的なシーンだった。
「(今大会は)谷しかなかった。最後に山に登ることができた。(10回の打席は)神が降りてきましたね」と長い打撃不振に苦しんだ末の快打に初めて笑顔を見せたイチローにとって、これが最後のWBCとなった。
あれから17年……。今年1月6日、侍ジャパンの主力・大谷翔平は「素晴らしい選手が、本当にトップが集まっている印象を受けるので、難しい戦いになることはわかりきっていますけど、精一杯日本の野球で頑張っていきたいと思ってます」と意気込みを語った。
この発言が韓国メディアで「謙虚」と報じられ、その対比として、かつてのイチローの“向こう30年発言”が再びクローズアップされたのは、ご存じのとおりだ。
だが、「謙虚」か「挑発」か。受け止め方の違いはどうあれ、お互いの威信と意地をかけた両チームの戦いが、白熱の好勝負になることだけは確かだ。3月10日の第1ラウンドで、第2回大会以来14年ぶりの日韓対決が火ぶたを切る。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)