コラム 2023.03.05. 11:59

「WBC3連覇」の夢が潰えた“グリーンライト作戦”の悲劇 WBC“名珍場面”列伝

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モリーナに追い詰められる内川

いよいよ開幕!WBCの“名珍場面”をプレイバック


 3月8日に開幕する第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)を前に、過去4回の大会で話題になった出来事を振り返るこの企画。今回は2013年の第3回大会で3連覇を狙った侍ジャパンが、準決勝敗退の無念を味わう象徴的なシーンとなった“グリーンライト作戦”失敗の悲劇を紹介する。


 イチローをはじめ、メジャー組が揃って出場を辞退。初めてNPB所属選手のみで挑むことになった侍ジャパンは、第1ラウンドではキューバに敗れ、ブラジル戦も7回までリードを許すなど、苦しい戦いが続く。

 第2ラウンドの台湾戦も、「あと一人」で敗戦という土壇場から追いつき、延長10回に4-3と勝ち越すという執念の激闘を経て、3大会連続で決勝トーナメントまで勝ち上がってきた。


 だが、準決勝のプエルトリコ戦も、序盤から劣勢に立たされる。

 初回に先発・前田健太が連続四球をきっかけにマイク・アビレスの適時打で1点を先制されてしまう。さらに7回にも、2番手・能見篤史がアレックス・リオスに2ランを被弾。0-3とリードを広げられた。

 7回まで散発3安打に抑えられた侍ジャパンは、重苦しいムードが漂いはじめた8回、ようやく反撃に転じる。


山本浩二監督は「行けたら行け」


 鳥谷敬の右中間三塁打と井端弘和の右前適時打で待望の1点をもぎ取ると、内川聖一も右前安打で続き、3連打で一死一・二塁のチャンス。次打者・阿部慎之助に長打が出れば、一挙同点も期待できる場面だった。

 「最大の勝負どころ」とみた山本浩二監督は、「行けたら行け。重盗に行ってもいい」と“グリーンライト(青信号)作戦”を指示した。

 というのも、プエルトリコのリリーフ左腕J.C.ロメロはモーションが大きいことがわかっていた。重盗に成功すれば、二・三塁となり、シングルヒットでも同点を狙えるはずだった。


 ところが、ここで今も語り継がれる“痛恨のプレー”が起きる。ベンチの指示どおり、1球目は様子を見て、1ストライクから阿部への2球目にスタートを切った二塁走者の井端だったが、「スタートが悪かった」と判断すると、すぐさま帰塁した。

 だが、一塁走者の内川は、井端の動きを確認することなく、二塁に向かって全力疾走していた……。行き場をなくした内川は、ボールを持って駆け寄ってきた捕手のヤディアー・モリーナにタッチされ、二死二塁となった。

 重盗失敗でチャンスがしぼみかけたと思われた直後、阿部が一二塁間に鋭いゴロを放ったが、セカンドのアービング・ファルーが尻もちをつきながら押さえ、仰向けの姿勢から一塁送球アウト。日本に微笑みかけた勝利の女神が、再びプエルトリコ側に向き直った瞬間でもあった。


 最大の反撃機を逃した侍ジャパンは、最終回も二死一塁から松田が中飛に倒れ、V3は幻と消えた。試合後、内川は「すべてを僕が壊してしまった。過去の先輩たちにも申し訳ない気持ちです」と声を詰まらせた。

 井端がスタートに慎重になり、内川が少しでも早く二塁に到達しようと一心不乱に走ったのは、いずれも“ロケット・ランチャー”の異名をとるモリーナの強肩を意識した結果だった。


なぜ、作戦は失敗したのか…イチローの分析は?


 内川の走塁について、当時、日米通算651盗塁を記録していたイチローは「あのタイミングでは二塁アウトになってしまう可能性があった。ほとんどの捕手ならそう(先行走者を見ながら走る)。でも、モリーナでは(走ると決めたら、他に目を配るのは)無理だったんじゃないですか」と解説。

 そのうえで「あそこで、あのスタートができる。凄いこと。大体(スタートを切らず)止まることを選択する。自分ならあれができたかというと、その自信はなかなかない。ミスかそうでないかと言うよりも、モリーナの存在。それがあの捕手の力」と擁護した。


 投手のモーションが大きくても、捕手は“鬼肩”。ベンチも判断に迷う場面だが、あえてギャンブルを仕掛けたのは、冒頭でもふれた第2ラウンド初戦の台湾戦での鮮やかなグリーンライト作戦成功のイメージが強く残っていたからと思われる。

 1点を追う9回二死一塁、アウトになればゲームセットという場面で、一塁走者の鳥谷が執念の二盗を成功させ、突破口を開いた。これもベンチの指示は「行けたら行け」だったといわれる。

 そして、鳥谷の“神走塁”が次打者・井端の起死回生の同点打を呼び込み、延長10回の中田翔の決勝犠飛につながった。この成功体験が、プエルトリコ戦で再びグリーンライト作戦を用いる伏線になったようだが、より高度な重盗を成功させるには、2人の走者の呼吸の一致が不可欠だということを痛感させられた。


 「ひとつでも先に塁に行く。この作戦に悔いはない」と語った山本監督だったが、野村克也氏は「『行けるなら行ってもいい』というのは、判断を選手任せにし、かえって選手に責任を負わせてしまう」と指摘した。

 そんな辛さを身にしみて味わった内川は、昨年9月の引退会見で「ダブルスチール失敗は、一生忘れられないプレーになりました」と回想している。

 だが、その後の内川がソフトバンクの主力として5度の日本一に貢献できたのも、国際大会での貴重な経験が生きたからと言えるだろう。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)


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