コラム 2023.03.07. 18:16

プールD:イスラエル 強固な「ユダヤ・アイデンティティ」に支えられた「第2アメリカ代表」

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イスラエルは、マイアミで行われるプールDで第1ラウンドを迎える

イスラエル野球の歴史


 前回大会で突如として侍ジャパンの前に現れたのが「野球不毛の地」・中東から出場したイスラエルだ。

 それまで野球の世界では全くの無名だったこの国が、WBC本戦の舞台でいきなり第1ラウンドを突破したのは、この国の複雑な成り立ちにその秘密がある。


 第2次大戦後、聖書の時代からの流浪の民、ユダヤ人が民族発祥の地、「エレツ・イスラエル」に世界中から集い建国したこの国は、その国内人口とほぼ変わらないディアスポラ(離散民)・ユダヤ人をアメリカに抱えている。その苦難に満ちた民族の歴史は、在米ユダヤ人の間に強固な民族的アイデンティティを形成させた。

 そのことは、メジャーリーグの歴史においても、アイコン的存在である、ドジャースで3度の20勝を達成したサンディー・コーファックスが、その全盛時に迎えた1965年のワールドシリーズの際、ユダヤ最大の祭典・ヨム・キプルと重なるという理由で開幕戦の登板を拒否したことに現れている。

 イスラエルで野球が最初に行われたのは、まだこの地が英国委任統治領パレスチナと呼ばれていた1927年のことである。この地にユダヤ人国家を建設することを目指すシオニズム運動に身を投じていたアメリカからの移民によってゲームが行われたという。


WBCの舞台で世界中を脅かす快進撃を見せる


 1948年の建国後、各国からの「帰還者」たちはキブツと呼ばれる集団農場を営んだが、アメリカからの移民はそこに野球場を建設した。野球協会が設立されたのは1986年になってからのことで、その3年後に国際野球連盟(現在のWBSC)に加盟したものの、その競技人口の少なさもあり、国際舞台に出ることはほとんどなかった。

 そんな「野球不毛の地」に2007年、突如としてプロリーグが立ち上がった。アメリカ資本によるこのリーグは、そのロースターのほとんどを外国人選手でまかない、その目標をイスラエル国内の選手育成とWBC出場を掲げたものの、1シーズンしかもたず、国内に野球を定着させることはできなかった。

 それでも、この試みは、このリーグに参加した在米ユダヤ人たち野球熱を刺激し、彼らの呼びかけによりナショナルチームが結成され、2012年にはWBC第3回大会予選に出場した。ここでは本選出場まであと一歩というところまで進みながらも、ラテンアメリカ勢を集めたスペインの前に苦杯を喫している。

 そして、「ホーム」であるニューヨーク・ブルックリンにおいて2016年秋に行われた前回第4回大会予選において、3勝無敗で見事本選出場を決めると、翌年春には世界中を脅かす快進撃を見せる。

 ソウルで行われた韓国、台湾、オランダとの第1ラウンド。多くのファンは、無名のイスラエルを「かませ犬」とみなしていた。しかし、ふたを開けてみると、メジャー経験者を多く集めた「チーム・ユダヤ」は居並ぶ格上を寄せ付けることなく無敗で東京行の切符を手にした。

 そして第2ラウンドでも初戦で強豪キューバを破るなど大番狂わせを演じたが、オランダ、日本の前に屈し、四強への夢は断たれた。

 この大会を境にイスラエルは強豪への道を歩み始める。東京五輪においても、オランダ、イタリアが名を連ねるアフリカ・ヨーロッパ予選を突破し、本戦でもメキシコを撃破した。


ロースターのほとんどはユダヤ系アメリカ人が占める


 今大会のチームを率いるのは、メジャー14シーズンで1999安打を放ち、前回大会はアメリカ代表として出場、2021年夏の東京五輪でも現役復帰してプレーしたイアン・キンズラーだ。

 ロースターのほとんどはやはりユダヤ系アメリカ人で占められている。出場30人枠のうち、イスラエル生まれはアメリカの大学リーグでプレーする内野手のA.ローウェンガルトただひとりだ。メンバーの半数ほどにメジャー経験があり、残りをマイナーリーガーという布陣である。

 投手陣では、昨季先発投手としてドジャースで8勝を挙げたD.クレメール(オリオールズ)、マーリンズで55試合に登板した左腕R.ブレイアー(レッドソックス)、東京五輪でもメキシコ相手に勝ち星を挙げ、昨季エンゼルスで12試合に登板のZ.ワイスらに期待が集まる。

 キャッチャーは、フィリーズの控え捕手G.スタブスと、東京五輪にも出場し、昨季3Aで11本塁打のR.ラバーンウェイ(メルボルン/オーストラリアンリーグ)の2人体制で乗り切るだろう。

 内外野は、昨年ジャイアンツで23本塁打のJ.ピーダーソン、カブスのマイナーで計36本塁打のM.マービス、アスレチックスの3A、2Aで計105安打を記録した若手有望株のZ.ゲロフらに期待がかかる。

 一方で、先述のローエンガルトのようなアマチュア選手や東京五輪のメキシコ戦で決勝の3ランを放ち引退の花道を飾ったはずの38歳になるD.バレンシア、昨季ブレーブスで13試合に出場はしたものの、もっぱら3Aでプレーし、現在FAのA.ディッカーソンらがロースター入りしているところからは層の薄さを感じる。


 イスラエルは、マイアミで行われるプールDで第1ラウンドを迎える。

 このプールはベネズエラ、ドミニカ共和国、プエルトリコにニカラグアという冬季プロ野球リーグをもつ強豪がそろう「死の組」で、第2ラウンド進出への2枚の切符を手にするのはタフな道になるだろう。


文=阿佐智(あさ・さとし)





メンバー


<投手>
0 B.ロスマン
10 B.ゴールド
14 J.ワグマン
17 D.クレメール
22 R.カミンスキー
26 C.ゴードン
30 J.ウルフ
31 J.フィッシュマン
32 E.クラベッツ
35 R.ブレイアー
41 K.モルナー
45 J.スタインメッツ
57 Z.ワイス
66 A.グロス
89 R.ストック
99 D.フェダーマン


<捕手>
8 J.ゴールドファーブ
21 G.スタブス
36 R.ラバーンウェイ


<内野手>
4 S.ホーウィッツ
6 N.メンドリンガー
18 Z.ゲロフ
19 D.バレンシア
27 M.マービス
38 M.ウィーランスキー
55 T.ケリー
- A.ローウェンガルト


<外野手>
23 J.ピーダーソン
40 A.ディッカーソン



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