コラム 2023.03.24. 06:44

侍ジャパンの優勝で幕を閉じたWBC その課題と、未来への可能性

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「野球の勝利」


 日本時間22日に閉幕した『2023 WORLD BASEBALL CLASSIC™』。第5回大会は“日米決戦”を制した侍ジャパンが3度目の栄冠に輝いた。

 2013年のドミニカ共和国以来となる全勝優勝を果たした侍ジャパンの戦いぶり、とくに準決勝以降の息詰まる熱戦は、世界中の人々に野球というゲームの面白さを知らしめたと言っていいだろう。


 準決勝で侍ジャパンの前に屈したメキシコのベンジー・ヒル監督は、惜敗を「野球の勝利」と締めくくった。

 歴史上に残る熱戦は、野球が4番手・5番手とも言われるサッカーとルチャリブレ(プロレス)の国にあって、野球の存在感を高めたに違いない。


レベルアップした新興国と変わる勢力図


 今大会では、出場国が20カ国に拡大された。

 2006年、この大会が開始されたときの参加国は16。それが2013年開催の第3回大会を前に予選が行われるようになり、12カ国が新たに予選に参加するようになった。予選参加国には入れ替わりがあったものの、予選を突破した4カ国を加えた16カ国が本戦出場という体制は長らく変わることはなかった。


 それが今大会に際して新たに4カ国が本戦に加わった背景には、これまで野球新興国とされていた国々でのプレーレベルの向上があると思われる。

 今回本戦初出場を果たしたのは、イギリスとチェコ、ニカラグアの3カ国。前回大会で突如として世界野球シーンに現れたイスラエルも含めて、これらの国々がWBC開始当時に出場していたとしても、なみいる強豪と渡り合うことは不可能だっただろう。出場国の拡大は、本戦に出場させても観客の目に耐えうるゲームが十分にできる国が増えたことを示しているのだ。


 その中でも、侍ジャパンと同じプールBを東京ドームで戦ったチェコの躍進は、世界中の野球ファンを驚かせた。そもそもドイツで行われた予選の段階で、チェコは2つある「勝ち抜け」枠の候補でもなかったからだ。

 マイナーリーガーを多数抱えるスペインとイギリスが本戦出場枠を確保するだろうと思われていたこのプールで、チェコは1度目の対戦で7-21という記録的敗戦を喫したスペインを相手に、敗者復活戦に3-1で勝利。見事に東京行きの切符を手にした。

 出場20カ国中唯一の「アマ軍団」が、果たして本戦でまともに戦えるのだろうか……。そんな声も挙がる中、チェコは中国相手に金星を挙げ、最終的には大差がついたものの、侍ジャパンとも堂々と渡り合った。そして彼らの爽やかなふるまいは、日本をはじめ世界中の野球ファンの心を捉え、大会の盛り上がりに一役買った。

 もし、チェコなどの野球新興国が、強豪国を相手に早いイニングで記録的なスコアでのコールド負けを繰り返すようなことがあれば、大会そのものの存在意義も議論されるようなことになりかねなかったのではないか。その意味では、新興国の健闘はWBCが掲げる“野球のグローバル化”が確実に進んでいることを示した。


 また、第1回大会から参加していながら、これまでトーナメントまで進出できていなかったイタリアとメキシコが8強まで駒を進めたことは、世界の野球界の勢力図が変わりつつあることをうかがわせた。

 とくに侍ジャパンを準決勝で苦しめたメキシコは、ひと昔前まではラテンアメリカにあってもドミニカやベネズエラ、プエルトリコのトップ3に離された“第2勢力”とみなされていたが、近年はカリビアンシリーズでの優勝回数も増え、この地域の中心的存在になりつつある。

 ここ2大会で4強に駒を進めるなど、世界の強豪の仲間入りを果たしたかに思われたオランダが1次ラウンドで敗退し、古豪のキューバが久々に4強まで駒を進めたというところからも、戦国時代に突入した感のある世界野球の背景にWBCがあることは疑いの余地はないだろう。


「無理やりナショナルチーム」という課題


 一方で、WBCの抱える矛盾、課題もまた様々なシーンから見受けられた。

 準決勝で侍ジャパンと対戦したのは、日本人メジャーリーガーのパイオニア・野茂英雄の女房役だったマイク・ピアザ監督率いるイタリアだった。

 試合中のベンチにエスプレッソマシーンを設置したことが大々的に報じられるなど、「イタリアらしさ」がメディアにより前面に押し出されていたが、実際のチーム・イタリアはWBCという大会ならではの“アメリカのサブチーム”のひとつにしか過ぎなかった。


 国内リーグ最高峰・セリエAの加盟球団の関係者に話を聞いたが、今回の快進撃にも現地は全くの他人ごとといった感じで、盛り上がりはほとんどなかったということだった。

 マイナースポーツとはいえ、ヨーロッパにおいてはオランダと並ぶ野球強豪国であるということもあり、野球はそれなりに国民には受け入れられている。しかし、国内リーグからはたった一人しか参加しておらず、おまけにメンバーのほとんどはイタリア系アメリカ人で構成されている「ナショナルチーム」にイタリア人が思い入れを持てないのは、ある意味当然のことである。


 このようなナショナルチームはイタリアだけではない。チーム・イスラエルはユダヤ系アメリカ人選手で、チーム・グレートブリテン(イギリス)は大英帝国にルーツをもつアメリカ人選手と旧英領のカリブの島国・バハマ出身者で構成されていた。

 今や世界野球の強豪に数えられるようになったオランダも、カリブ海に浮かぶ海外領・キュラソーの存在がなければ、世界野球における現在の地位を保つことはできないだろう。そのオランダは別として、WBCでたとえ躍進を遂げたとしても、これらの国々で野球人気が高まるということは現実には考えにくい。


 そういう意味では、ロースターのほとんどを地元のアマチュアリーグでプレーする選手でまかない、侍ジャパンと堂々と渡り合ったチーム・チェコの存在は、地元の野球人気を刺激する役割を果たしたと言える。

 今大会のヨーロッパ各国のナショナルチームのロースターは、これまで以上に当該国にルーツをもつアメリカ人選手の割合が多く、ローカル色の薄いものとなった。

 参加国拡大もあり、大会の質の維持のためある意味仕方のないところではあるのだが、「WBCルール」の影響により、本国と縁の薄いナショナルチームへの依存は、野球の世界的普及というWBC本来の目標からは遠ざかっていくことになってしまうだろう。


「世界の野球」に目を向け始めた日本のファン


 準々決勝を含む東京ラウンドでは、フィールドでのプレー内外で様々なエピソードが生まれた。

 今大会で侍ジャパン以外に東京ドームでプレーしたチームは、同組だった中国、韓国、チェコ、オーストラリアのほか、台湾での1次ラウンドを勝ち抜いたキューバ、イタリアという6カ国のナショナルチームだ。一昨年の東京五輪でさえ、日本を含めた6カ国の参加だったことを考えると、トップレベルのナショナルチームがこれだけ集まったのは、日本野球史上初めてのことと言っていい。日本の野球ファンは、今大会で最高級の“世界野球”を大いに楽しんだ。


 これらの国々との対戦を巡っては、スポーツを通じて世界とのつながりを感じることができる暖かなシーンが多数報道された。

 チェコのメディアは、死球を詫びに宿舎までウィリー・エスカラを訪ねた佐々木朗希を「人間の顔をしたスーパースター」と評した。「人間の顔をした」のフレーズは、東西冷戦下において、当時隣国・スロバキアと連邦を組んでいたこの国が推し進めようとした社会主義下における民主化「人間の顔をした社会主義」を思い起こさせる。

 この民主化運動「プラハの春」は、ソビエト・ロシア率いるワルシャワ条約機構軍により踏みにじられるが、このフレーズが今使われたことに、欧州情勢が「いつか来た道」を進もうとしている今、野球というスポーツにより世界がつながることに大切さを伝えようとしているように思える。


 チェコだけでなく、中国チームのひたむきさに対する賞賛、イタリア戦の試合後にエンゼルスでは同僚である大谷とフレッチャーが健闘を互いに称えるシーンなどなど…。国際大会ならではの爽やかなシーンも話題になった今大会だが、スタンドでも多くの心温まるシーンが見られた。

 幼い少女が声を振り絞って送った父とその同僚へのエールがスタンドの何万の人々を巻き込んだオーストラリア戦の風景は、応援の原初的な姿を思い起こさせたし、このオーストラリアと準々決勝で対したキューバには、日本でプレーしていた選手が多いこともあって、スタンドから大きな声援が送られていた。地元・日本が出場しないにもかかわらず、この試合には3万5000人もの大観衆が押し寄せたのだ。


 とかくギスギスしたライバル関係が取り沙汰される韓国チームにしても、主力選手のイ・ジョンフは1次ラウンド敗退後、侍ジャパンとの戦いを振り返り、謙虚に自国の野球を分析している。

 大会終了後には、大谷翔平が今回の日本の優勝がアジアの野球の発展につながればとのコメントを残したが、中国や台湾を含めたアジア球界が連携を強めていくことが、さらなる野球の発展には不可欠であろう。

 さらに今回の優勝により、日米のリーグチャンピオンによる「リアルワールドシリーズ」への期待の声もちらほら出ているが、日本球界もかつて自分たちが始めながら、興行成績が振るわず休止状態に陥ったアジアシリーズを復活させ、「アジアチャンピオン」としてMLB優勝チームとの「クラブ世界一」を目指すなど、もっと多くの国を巻き込んだうねりで真のワールドチャンピオン決定戦実現に向けて動き出していかねばならないのではなかろうか。世界には様々な野球があることを、今大会で多くのファンに知らしめた今こそ動き出すべきである。


 2006年の第1回大会・準決勝。日本の対戦相手は“宿敵”・韓国だった。

 韓国系の多いカリフォルニア州サンディエゴの球場スタンドは、「テーハミング(大韓民国)」の大合唱で揺れていた。三塁側スタンドに陣取っていた私の前にも、声をからして韓国を応援していたひとりの老人がいた。

 四六時中大声を上げるその姿は私にとって心地の良いものではなかったが、日本勝利のうちに試合が終わると、その老人は私の方を振り返り握手を求めてきた。その年齢から察するに、日本による支配をおそらくは経験してきただろう彼の掌のぬくもりに、スポーツが越えてゆけるものを感じた。

 この第1回大会のキャッチコピーは、“Baseball Spoken Here(野球語話します)”というものだった。あれから18年。野球は世界の共通言語であり続けている。


文=阿佐智(あさ・さとし)






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