第4回:大谷が求め続ける向上心と勝利への渇望
MLBのレジェンド、元レッドソックスで通算541本塁打の記録を持つデビット・オルティスが真顔で切り出した。
「真剣な質問をしたい。どこの惑星から来たのですか?」
WBC優勝直後。大谷へのインタビューの席上の事だ。過去にも「ユニコーンだ」「エイリアンだ」と評されてきた不世出の二刀流だが、投げて2勝1セーブ、防御率1.86。打って打率.435、1本塁打、8打点のMVPには、こんな質問しか思い浮かばなかったに違いない。
韓国のスポーツ紙は大谷の超人的な働きをこう評した。
「野球と書いて大谷と読む」
「最初から最後まで大谷がWBCを作った」
日頃はぎくしゃくした日韓関係も一時中断、世界ナンバーワン・プレーヤーの前に最大限の賛辞を並べた。
濃密な14日間。劇的なフィナーレは大谷vsトラウトと言うスーパースター対決を大谷が制して侍ジャパンは世界一の栄冠を手にした。
7戦全勝。第1回大会で優勝監督となった王貞治現ソフトバンク球団会長が「我々の頃は今ほどの熱気はなかった」と語るように、多くのメジャーリーガーが不出場だった大会は、回を重ねるごとに充実、文字通りの世界一決定戦で日本は14年ぶりの頂点に立った。
栗山英樹監督のチーム編成と統率力。ダルビッシュ有投手のチームをまとめる縁の下の力。ラーズ・ヌートバー選手の“ペッパーミル”パフォーマンスがチームを明るくした。吉田正尚選手の13打点は大会新記録。悩める大砲・村上宗隆選手は準決勝、決勝で大暴れした。世界一の要因は数々あるが、そんな最強軍団の中心には常に大谷がいた。
リスペクトと飽くなき向上心と勝利への渇望。大谷の本質を改めて見た思いのする今大会だった。
大谷が望んだ「ヒリヒリするような」環境がWBCにはあった
準決勝のメキシコ戦では1点ビハインドの9回に二塁打を放つと鬼の形相で雄叫びを上げた。決勝の米国戦でトラウトを空振り三振に仕留めると、グラブと帽子を放り投げた。エンゼルスの試合では見せたことのない表情だ。
日頃から最も大谷の身近にいる通訳の水原一平氏も「あんなに楽しく野球をしている翔平を初めて見た」と驚くほど。それほどの興奮状態でも、野球と真摯に向き合うリスペクトの姿勢は変わらない。
準決勝以降の渡米の際には第3戦で戦ったチェコの帽子をかぶって、同国関係者を感激させる。優勝インタビューでも、世界一の意義を問われると日本国内の青少年だけでなく「韓国や台湾、中国、さらにその他の国の方々にも、いい影響を与えられれば」と敗戦チームへのリスペクトを語っている。
誰もが認める世界ナンバーワン・プレーヤーが、この大会ではさらに一段階、ギアを上げた。その要因は勝利への執念にも似た思いがあったからだろう。
2021年のシーズン終了時に大谷は「ヒリヒリする9月を過ごしたい」と本音を打ち明けたことがある。チームは下位を低迷。ポストシーズンの始まる頃には“蚊帳の外”に置かれる状態が続いた。
「ファンの人も好きだし、球団の雰囲気も好き。ただそれ以上に勝ちたいと言う気持ちが強い」との発言は移籍希望とも受け取られた。
まさに野球少年のようにプレーを楽しみ、それていて「ヒリヒリするような」環境がWBCにはあった。
今オフ以降、大谷の進路は強豪チームに移籍してポストシーズンで大暴れするか? エンゼルスが大谷の望むようなチーム環境に生まれ変わるのか? どちらかの道しかない。今回のプレーぶりを見ていると、ワールドシリーズで活躍する姿も見てみたいと思うファンは多いはずだ。
アリーグのMVPや最優秀DHに、WBCのMVPと勲章は増え続ける。しかし、投手としても打者としても、個人タイトルには手が届いていない。かつて、イチロー氏が語ったように「打者で本塁打王、投手でサイヤング賞」も夢ではないところまで近づいた。
WBCを見ていて改めて感じることがあった。
大谷翔平の持つ“埋蔵量”はまたまだ無尽蔵であることだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)