“開幕戦”にまつわる珍ハプニングを振り返る
WBCの歓喜からほどなくして、3月30日に幕を開けたプロ野球の新シーズン。30日は新球場のエスコンフィールドHOKKAIDOで日本ハム-楽天の一戦がひと足先に行われ、残る10球団は31日に“初陣”を迎えている。
「開幕戦」は長いペナントレースの中の1試合、いわゆる143分の1ではあるものの、やはり新たなシーズンの第一歩目とあって、選手や監督は力の入る部分も大きい。
過去には数多くの名勝負が繰り広げられてきた一方で、思わずビックリの珍プレーや珍記録、珍ハプニングも少なくなかった。今回はそんな“開幕戦”にまつわる「本当にあった珍事」を振り返ってみたい。
「代打・王」
現役22年間、毎シーズン開幕戦に出場しつづけた巨人・王貞治が唯一代打で登場したのが、1975年だ。
3月23日のオープン戦・阪神戦で走塁時に左足肉離れを発症した王は、4月2日に打撃練習を再開したものの、「走るときにまだ足が引っ張られるような感じがする」と違和感を訴えた。
だが、就任1年目のシーズンを迎える長嶋茂雄監督から「打つだけでいいから、ベンチに入ってほしい」と要望され、代打要員として4月5日の開幕戦、大洋戦に臨んだ。
王が開幕戦でスタメン落ちするのは、入団2年目の1960年以来の珍事。また、前年のオーダーからONが2人揃って消えたという意味でも、ファンは寂しい思いをした。
試合は先発・堀内恒夫が2回に投手の平松政次に先制3ランを許すなど、まさかの3回6失点。4回までわずか1安打の巨人打線は、0-8の5回に淡口憲治の3ランでようやく反撃し、6回にも末次利光のソロで4点差に追い上げた。
「終盤に必ずもう一度絶好の場面がやって来る」と考えた長嶋監督は、その場面で代打・王を起用するつもりだったが、7回以降は、なかなかチャンスのお膳立てができない。
そして9回一死無走者、最後の見せ場をつくれないまま、代打・王が打席に立った。
これに対して、平松は初球が内角高めに外れるなど、まともに勝負せず3ボール。結局、王はフルカウントから四球を選び、代走・庄司智久と交代すると、「僕らしいじゃないですか」と苦笑した。
その後、4月19日の阪神戦からスタメンに復帰した王だったが、長嶋不在や新外国人、デーブ・ジョンソンの不振でマークがきつくなり、14年連続の本塁打王ならず。チームも球団史上初の最下位に沈んだ。
開幕戦史上初の“サヨナラ暴投”
完封勝利目前から、まさかの暗転劇に泣いたのが阪神時代の小林繁だ。
1982年4月3日の大洋戦。3年連続の開幕投手ながら、通算0勝1敗の小林は、8回まで2安打無失点の好投。だが、2-0の9回に大きな落とし穴が待ち受けていた。
2安打を許すも、二死一・二塁まで漕ぎつけた小林だったが、田代富雄に右前適時打を浴びたあと、マイク・ラムの二塁内野安打で2-2の同点となり、なおも二死一・三塁のピンチ。次打者は苦手の左打者・高木嘉一とあって、ベンチは敬遠を指示した。
ところが、下手投げに近いサイドの小林は、敬遠球を投げるのに四苦八苦。初球は直球が低めに入り、立ち上がって構えていた捕手・若菜嘉晴が慌てて座り直して捕球した。
2球目も若菜が横っ飛びで捕球するほど外側に高く外れたあと、運命の3球目は、三塁側へ大きくそれる大暴投。直後、三塁走者・大久保弘司が躍り上がってサヨナラのホームを踏んだ。“開幕戦でのサヨナラ暴投”は史上初の珍事であり、申告敬遠のない時代の悲劇でもあった。
翌83年、小林は4月9日のヤクルト戦に先発したが、7回4失点で負け投手に。現役最終年も開幕戦は鬼門だった。
開幕戦で「ノーノー未遂」
1994年の開幕戦で、近鉄・野茂英雄が8回まで西武打線を無安打無失点に抑えながら、9回に初安打を許し、降板後に伊東勤の逆転サヨナラ満塁本塁打が飛び出したエピソードはよく知られている。
NPBでは開幕戦でノーヒットノーランを達成した投手は1人もいないが、野茂以外にも“未遂”に終わった投手がいる。
2012年3月30日の開幕戦では、ヤクルト・石川雅規と中日・吉見一起の2人がともにノーヒットノーラン目前の快投を見せた。
5年連続通算7度目の開幕投手になった石川は、プレート幅を一杯に使う巧みな投球術で、巨人打線を9回一死まで無安打無失点に抑える。
だが、次打者・坂本勇人の打球は、無情にもサード・宮本慎也のグラブをかすめて外野に抜けていった。
「あそこまで行ってんだから、狙っていないわけはないけど、僕は安打を打たれない投手ではなく、打たれてもホームにかえさない投手だと思っているから」と気持ちを切り替えた石川だったが、ジョン・ボウカーにも二塁強襲安打を許し、ついに降板。
それでも、守護神トニー・バーネットのリリーフで通算4度目の開幕戦白星を挙げ、「甘いボールもあったけど、しっかり腕を振ったのが良かった」と笑顔を見せた。
一方、2010年以来、2度目の開幕投手となった吉見は、内外角の低めに丁寧に投げ分けるストライク先行の投球で、7回までパーフェクト。
だが、8回、先頭の栗原健太に外角直球を弾き返され、打球は必死に飛びつくセカンド・荒木雅博のグラブをかすめて中前へ。
さらに二死から堂林翔太、前田智徳に連打され、2点を失ったが、9回は岩瀬仁紀が締め、4-2の勝利。開幕戦初勝利を挙げた吉見は「失点は少し悔しいけど、勝ったので良かった」とチームの白星スタートに貢献できたことを喜んだ。“完全未遂”については「そんなに甘いもんじゃないですよ。いつか打たれると思っていた」と語っている。
今年の開幕戦では、楽天・田中将大が5回一死まで一人の走者も出さない完全投球を展開したものの、史上初の開幕戦完全試合やノーヒッターはならず。この楽しみは来年以降に持ち越しとなった。
文=久保田龍雄(くぼた・たつお)