投打二刀流の新星候補
高校野球の『U18日本代表候補選手強化合宿』が4月4日から6日の3日間に渡って開催された。今秋開催が見込まれるワールドカップ(W杯)に備えての実施。新型コロナウイルスの影響でここ3年は見送られており、今年が4年ぶりの開催だった。
参加選手は今秋ドラフト1位候補に挙がる最速148キロ左腕の大阪桐蔭・前田悠伍や、昨秋終了時点で高校通算49本塁打を数えた広陵・真鍋慧ら3年生35人。ポジション毎に世代トップクラスの選手が集結した。
このハイレベルな環境の中で、評価を急上昇させた伏兵がいる。山形中央・武田陸玖(りく)。身長174センチ・体重77キロと決して大柄とは言えない体格ながら、高校通算28本塁打かつ最速147キロを誇る投打二刀流の選手だ。
馬淵史郎監督も惚れ込んだ素材
東北地区では知られた存在とはいえ、今春選抜には出場しておらず、全国的には無名と言ってもいいだろう。その選手が合宿初日から最終日まで誰よりも目立ったのだ。
選抜大会6試合で696球を投じた山梨学院・林謙吾ら一部の選手を除き、合宿初日にほぼ全ての投手がブルペン入りした。
例えば、最速152キロ左腕の享栄・東松快征が世代随一の球速を見せれば、大阪桐蔭・前田悠伍は丁寧に四隅を突く制球力で存在感を示した。
このアピール合戦の中でひと際光ったのが、武田の球のキレだ。力強く腕を振り、ピュッと伸びていくようなキレ味で周囲の視線を独占した。
投球練習後後にはグラブをバットに持ち替えて、せわしなくフリー打撃へと向かった。そこでは大半の選手が木のバットの扱いに苦戦し、鈍い当たりを続けていた。
しかし、武田は違った。しなやかなバットさばきで鋭い打球を連発。またも首脳陣を驚かせることに成功した。
初日の終了後に、印象に残った選手を問われた馬淵史郎監督は迷わなかった。武田の名前を挙げて「打撃・投球ともに素晴らしいと感じました」と絶賛したのだ。
合宿2日目に実施された紅白戦では、先発投手として2回を3安打無失点に抑えると、打者としては計2試合で6打数2安打。凡退した打席もバットの芯で球を捉えるなど、鋭い当たりを連発した。
3日間の合宿を終える頃には、馬淵監督はすっかり武田に惚れ込んでいた。
「1次候補に選ばれている選手ですので、みんないいところがあったと思います。その中でも、ちょっと(ものが)違うなと思ったのが山形中央の武田くん。瞬発力の凄さは目につきましたね。運動能力が高いですね。投手としても素晴らしいですけど、打者としては一級品ですよ。体が小さいですけど、構えてからインパクトまでのスピードはNo.1だと思います」
参加選手全員を褒めることで、記者の質問をかわすこともできただろう。その中であえて個人名を挙げたのは、それほどに強烈な印象を受けた証と言っていい。
パフォーマンスを支える「しなやかさ」
なぜ、武田は小柄な体格ながら、投打ともに世代トップクラスの力を発揮できるのか。
本人は「自分には、しなやかさがあるのかなと思います。動きが柔らかいというか、動いている中でしなやかさを出すことができます」と自己分析する。
打者として木のバットをしならせるように扱うことができ、投手としても腕を柔らかく使って振り切ることができる。本人の証言通り、「しなやかさ」が投打二刀流を支えている。
チームでは「2番・投手」を担っている。もちろん「つなぎの2番」ではなく「強打の2番」だ。初回に必ず打席が回る打順ながら、「投手と2番を両方やることが難しいと感じたことはないです」と苦にすることなくこなしている。
高校生離れした総合力の高さは、人一倍のストイックさと無関係ではないだろう。
「合宿に来ることが目標ではなくて、世界一を獲ることが目標です。3年後のWBCで大谷選手と一緒にプレーして、世界一をとることが目標なので、今できることを全力でやっていきたいと思っています」
夢をかえなえるためには、U18・W杯での二刀流起用も通過点だ。
合宿最終日には、首脳陣の指示で外野ノックに入った。チームでは投手と一塁手を兼任しているものの、W杯での起用を見据えて外野の守備力をチェックされたのだ。
不慣れな外野手ながら、持ち前の運動能力の高さを生かして、そつなくこなした。これには馬淵監督も「上手かったね」とまたも褒めるしかなかった。
合宿には日本ハム・稲葉篤紀GMら、NPBから12球団のスカウトが視察に足を運んでいた。複数選手の能力を同時に比較できる環境の中でひと際目立ったことは、プロでの二刀流継続を目指す武田にとってプラス材料になった。
「自分ができることをただやっただけなので、評価してくださることは本当にありがたいですし、自分なんかでいいのかな……と思うところはあります。こうやってレベルの高い人たちと一緒に野球やらせてもらえて、自分の現在地を知ることができたり、他の選手の動きを見てすごいな……と感じたりすることができました。これを今後の練習や人生に生かしていきたい。本当にいい経験ができたと思います」
合宿前までノーマークだった選手が、たった3日間で一躍注目選手となって山形へと帰っていった。
エンゼルス・大谷翔平の背中を追いかけるかのように、またも東北から投打二刀流の逸材が現れた。
文=河合洋介(スポーツニッポン・アマチュア野球担当)