5月連載:一筋の光が見えてきた! 気になるアイツ
プロ野球も5月の陣に突入。上位を快走するチームも、下位からの脱出を狙うチームも最初の正念場を迎える。今季の戦いを見て来ると、巨人の秋広優人、日本ハムの鈴木健矢選手など例年以上にフレッシュな人材の活躍が目につく。
FAや移籍。新人の加入に、今年からは現役ドラフト組も心機一転で勝負を賭ける。激しい競争社会にあって、どん底から這い上がって来る男たちもいる。
日頃、テレビや新聞で大きく取り上げられることの少ない苦労人たちの春を追跡する。
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開幕から1カ月近くがたった4月30日。西武の6年目、西川愛也(まなや)選手にとっては、ほろ苦くもあり、記憶に残る嬉しい一日となった。
二軍から昇格したばかりの楽天戦に先発出場すると、8回に巡ってきた第4打席で西口直人投手から中前打。これが2020年8月16日以来2年8カ月、63打席ぶりの安打となった。NPBの野手ではワースト記録のトンネルを抜け出した瞬間だった。
この日は第6打席でも左安打。翌戦となる5月2日の日本ハム戦でもヒットを記録。沈黙の時間が長かったのを忘れる至福の時がやってきた。
背番号は51。“イチロー二世”の期待を背負って17年のドラフト2位で入団した。花咲徳栄高時代は夏の甲子園大会で全国優勝。二年から4番を任され、安打製造機として活躍、甘いマスクも手伝って人気は全国区。その時点ではイチロー以上の輝きを放っている。
しかし、プロ入り後の世界は思った以上に甘いものではなかった。
ドラフトの時点で、大胸筋断裂の大けがを負いながら船出。球団としても将来のクリーンアップ候補として英才教育のプランを立てていた。だが、高卒の若者にとってプロの壁は想像以上に厚く、高い。ファームではそこそこの数字を残して一軍昇格を果たすが、そのたびにはね返されて、気がつけば無安打の記録まで作ってしまう。
「正直、昨年あたりは“クビ”も頭をよぎりました」と言う。
追い詰められた昨年オフには、チームの主砲・山川穂高選手の下に弟子入りして打撃の極意を吸収した。本塁打、打点の二冠王が人一倍、バットを振り続ける姿に刺激を受ける。天性の打撃センスでこれまでプレーを続けてきたが、人一倍打撃を追い求めて、汗を流し続ける先輩の姿に刺激を受けないわけがない。
松井稼頭央新監督は二軍時代の指揮官でもある。同じくファームで指導を受けてきた嶋重宣打撃コーチも今季から一軍に昇格。西川をよく知る指導者のアドバイスもあって暗闇からの脱出につながった。
プロで、たった1本の安打が、わずか2試合で3安打。松井監督は「2本打った後の日ハム戦で1本出たことが大きい」と一過性でなく、連日の活躍を評価した。それだけレギュラー定着への期待が大きいからだろう。
西武の外野陣は愛斗選手が1番に定着して頭一つ抜けているが、それ以外は混戦状態だ。鈴木将平、若林楽人、金子侑司選手らに新外国人のマーク・ペイトンらがしのぎを削る。二軍には今年のドラ1、蛭間拓哉選手も調子を上げている。
誰にも出場チャンスはあるが、逆に誰でも成績が悪ければ二軍行きの危機に直面する。
高卒野手の5~6年目は勝負の時期と言われる。
ヤクルトの村上宗隆選手の様に2年目から大ブレークした選手もいるが、ロッテの安田尚憲、日本ハムの清宮幸太郎選手らも今季が6年目。主力に登りつめることが出来るか、正念場となる。
西川の場合は、まだ一軍定着へ、スタートを切ったばかりだ。本来なら1本のヒットで一喜一憂している場合ではない。しかし、1本のヒットや本塁打がその後のプロ人生を大きく変える例は珍しくない。
無安打記録で、これだけ耳目を集めれば上等。これをステップに西川のプロ生活第二章が始まる。いつか、空白の日々を「男の勲章」と笑える日が来ることを願うばかりだ。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)