“野球は二死から”を体現した劇的勝利
阪神・岡田彰布監督は試合後、しみじみ言った。
「まあ、そういうことやな。野球てな。最後まで分からんて、もう。本当にな3アウト目まで分からんいうことやろな」
5月24日、敵地でのスワローズ戦はタイガースが1点劣勢で9回の攻撃を迎えていた。守護神・田口麗斗の前に二死走者なし。敗戦は確実に近づいていた。
迎えたシェルドン・ノイジーの放った右翼への飛球は、ノーバウンドで捕球しにいった相手の右翼手・並木秀尊が後逸。助っ人は三塁に到達し、相手にほぼ傾いていた“勝利の天秤”に異変が起こった。
続く大山悠輔が冷静に四球を選び一・三塁とすると、佐藤輝明はストレートを捉えて右翼線に弾む逆転の適時二塁打。ひとつのミスが命取りとなって、勝者と敗者は一瞬にして入れ替わった。
三塁まで全力疾走を怠らなかったノイジー、コンパクトなスイングを心がけた佐藤輝、そして一塁から長駆生還を果たした大山……。野球少年が幼少期から胸に刻む“野球は2アウトから”のマインドを体現した各選手がドラマの立役者だった。
そしてもう一人、この劇的な筋書を信じていた投手がいた。
「ノーチャンス」も決して諦めなかった男
「ゼロで抑えて次の回に良い流れを持っていけるようにと思って投げました。(9回も)逆転すると思って見ていました」
4-5の8回に5番手で登板した島本浩也は、この夜が今季初登板だった。追加点を阻止し、最後の反撃に繋げる──。これが13年目左腕が自身に課したミッションだった。
一死から1安打を許したものの、慌てることなく後続を断って無失点。その後の逆転劇で転がり込んできた白星は、実に1392日ぶりだった。
「ゼロで抑えられた事が良かった。それだけです」
4年ぶりの1勝を特段噛みしめる様子もなく、背番号46は淡々と言葉をつないだ。
13年目の今季は春季キャンプ中に若手投手との入れ替えで二軍降格。故障などが理由ではなく、「悔しかったですし、このまま終わってしまうかもしれない不安もあった」と焦りも抱えながら開幕を迎えていた。
二軍からのアピールを期したが、同じ左腕の及川雅貴が先に昇格。「ノーチャンスですね……」と弱音を吐くこともあった。
それでも、高卒の育成入団から這い上がり、トミー・ジョン手術も経験した苦労人はじっと出番を待った。今月24日に待望の昇格。先発転向の準備に入るジェレミー・ビーズリーの再調整で空いた枠に入った形だった。
世代交代の波を感じながらも、決して諦めなかった男が奪った3つのアウト。ドラマチックな逆転勝利の中で、渋い輝きを放った。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)