白球つれづれ2023・第22回
無い袖は振れない。交流戦の開幕を前に西武が、打線の大改造に打って出た。
4番に“未完の大器”渡部健人選手の大抜擢を決断したのだ。
そんな首脳陣の期待を背に、今月27日のオリックス戦で2年ぶりの一軍昇格を果たすと、いきなりの大役も第1打席で中安打。翌28日の第2戦でも1点ビハインドの5回に同点となる左前打を放って、チームの連敗を救った。
窮余の一策と言っていいだろう。
28日現在(以下同じ)、リーグ5位に沈む元凶は“タイムリー欠乏症”に泣くピストル打線である。
5月に入ると6度の完封負け。2得点以下の試合は14を数える。ある程度は塁上を賑わせるものの「あと1本」が出ない。直近の10試合に限れば、チームの総得点(17)はリーグワースト、本塁打も4本だけ。これでは強力投手陣も威力を発揮できない。「起爆剤」が必要だった。
松井稼頭央新監督のすべり出しは、いきなり試練の時を迎える。
WBCの侍ジャパンを支えた源田壮亮選手は右手小指の骨折で長期離脱。さらに主砲の山川穂高選手も不祥事(女性強制性行の容疑、書類送検中)でチームを離れ主軸不在の戦いを余儀なくされた。
この危機に4番として、獅子奮迅の働きを見せた中村剛也選手が27日には右脇腹を痛めて登録抹消。パンチ力のある大砲を求めれば、もう渡部しかいなかった。
西武の4番の系譜を継ぐ未完の長距離砲
20年のドラフト1位で入団。当時の公称体重118キロが話題を集めた。
102キロの「おかわり君」中村に、103キロの「どすこい」山川とのヘビー級トリオは「あんこ三兄弟」とも呼ばれた。
入団2年目にはイースタン・リーグで本塁打、打点の二冠王。将来の4番候補として前途洋々に見えたが、昨年は打率.184と極度の打撃不振で一軍出場すらなかった。
打撃力の向上と一軍切符を手に入れるため、今季からは肉体改造にも取り組んでいる。球団の栄養管理士のアドバイスで糖分、塩分の摂取を控える特製弁当で体調を管理。すべては体のキレを増すためだ。
「今は小さくならずに、大きくどっしり構えている。やはり4番はチームの顔なので」と少しずつ主力への自覚も芽生えてきた。
レオの4番と言えば球史に残る顔ぶれが揃う。中村、山川だけでなく古くは清原和博やアレックス・カブレラなどの怪物ばかりだ。
目下“4番仮免中”の渡部とレジェンドたちとの比較は出来ない。だが、圧倒的なパワーと飛距離は、ひとたびきっかけや自信をつかめば不動の4番に成長してもおかしくない。
今季は中日の石川昂弥、日本ハムの万波中正選手ら若き主砲が育っている。
いずれもチーム事情が苦しく、若返り策などで抜擢された若武者たちである。
その例で言えば、渡部もこの範疇に入る。若手にとって、これ以上の好機到来もない。
「いい結果も、悔しい結果も、本人にとっては大きな財産になる」と松井監督は将来を見込んだ抜擢の背景を語る。
交流戦のスタートは目下、絶好調の阪神戦。投手陣も安定しているだけに、渡部にとって、新たな試金石となる。
一発の長打は戦況を変え、チームの流れも変えてくれる。だからこそ、4番の重責は重い。
プロ3年目の24歳。いつまでも“未完の大器”で終わるわけにはいかない。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)