コラム 2023.06.20. 13:14

投手なのに打力が怖くて…得点機に敬遠された「投手の強打者列伝」

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打者としても存在感を発揮した山﨑福也 (C) Kyodo News

“打てる投手”に熱視線


 今年の交流戦でも話題になった、“投手の打力”。ふだんは打席に立たないパ・リーグの投手の打席が見られるのはこの時期だけとあって、パ・リーグ球団の公式YouTubeでは「投手陣の打撃練習」が動画として展開されるなど、ひと際大きな注目を集めた。

 6月16日の神宮では、オリックス・山﨑福也が技ありの先制打と見事な流し打ちの左安で2安打1打点と躍動。投げても7回1失点の好投で今季5勝目を挙げた。

 オリックスはその翌日も先発・山下舜平大がプロ初打席で初安打を放ち、一挙4得点のビッグイニングを呼び込んでいる。さらに同日、バンテリンドームの中日-日本ハム戦では日本ハムの伊藤大海が左中間突破の適時二塁打を放ち、反撃の狼煙を挙げた。


 2021年にア・リーグ最多の20敬遠を記録した“二刀流”の大谷翔平(エンゼルス)は例外としても、かつてはNPBでも得点機に敬遠される投手が存在した。

 今回はマウンド上だけでなく、打席でも恐れられた“投手の強打者”たちを振り返ってみたい。


史上最多は「通算8回」


 投手として史上最多の通算8敬遠を記録したのが、金田正一(国鉄→巨人)だ。

 通算打率は.198ながら、国鉄入団1年目に史上最年少(17歳2カ月)のプロ初本塁打を記録するなど、通算406安打・38本塁打と、歴代の投手の中では傑出した打撃成績を残している。

 国鉄時代の1962年には、なんとシーズン4度も敬遠されている。これは同年の国鉄が2リーグ制以降ワーストのチーム打率.201という歴史的貧打線だったうえに、1番打者の丸山完二も打率.210とチャンスメーカーらしからぬ低打率だったことが影響している。「1番・丸山より9番・金田のほうが怖い」というわけだ。


 だが、4度の敬遠はいずれも丸山を「なにくそ!」と奮起させた。

 6月23日の巨人戦では中前に勝ち越し打、7月7日の大洋戦では四球、8月5日の広島戦では2点適時二塁打。そして9月24日の広島戦でも、丸山は左越えにサヨナラ二塁打を放ち、本職の意地を見せている。


 また、国鉄在籍時に計7度敬遠された金田は、巨人移籍後も1回敬遠されている。これは意外にも、代打で登場した場面だった。

 1967年8月19日の中日戦。8回まで4併殺の拙攻で0-1とリードされた巨人は9回一死、王貞治が“王シフト”の逆をつく二塁左への内野安打でチャンスをつくると、長嶋茂雄と森昌彦(祇晶)の連打で同点に追いつき、なおも一死二・三塁と攻め立てた。

 この場面で川上哲治監督は、金田を代打に起用。「あの場面では金田以外にないと思って出した。(一塁が空いており)当然敬遠は予想していたが、お客さんも喜んでくれると思ってね」という理由からだった。

 左打ちの金田は下手投げの小川健太郎を得意にしており、「外野フライを狙ってた?とんでもない。ヒットを打つつもりやったんや」と張り切って打席に入ったが、中日ベンチは小川に敬遠を指示。一死満塁で板東英二をリリーフに送った。

 目の前で金田が敬遠されたことで、次打者・田中久寿男は当然「次が(ここ一番に弱いといわれる)僕だから、敬遠したんだろう」と一念発起。「外野フライ、ただそれだけを考えて」と板東の3球目をジャストミートすると、劇的なサヨナラ満塁本塁打になった。

 前出の国鉄・丸山もそうだったが、投手を敬遠しても、藪蛇という結果は少なくないようだ。


「200勝投手」にして強打者


 投手の強打者といえば、通算254勝(歴代9位)の阪急・梶本隆夫も、1963年5月12日の東映戦ダブルヘッダーで第1試合は「3番・投手」、第2試合は「3番・一塁」で起用されて通算13本塁打を記録するなど、打撃センスには定評があった。


 敬遠も、投手として登板した試合で2度経験している。

 最初は1961年8月19日の大毎戦。1-1の9回、阪急は内野安打と犠打で一死二塁と一打サヨナラのチャンスをつくる。

 次打者は梶本だったが、大毎バッテリーは敬遠して1番・岡島博治と勝負。だが、岡島は中前にサヨナラ打を放ち、敬遠策は失敗に帰した。


 2度目は1963年9月3日の大毎戦。1-1の延長10回、阪急は安打と敵失に乗じて無死三塁とした。

 大毎は8番・岡村浩二と9番・梶本を連続敬遠し、満塁策をとったが、一死後、岡島のゴロを二塁手が併殺を焦ってファンブルし(記録は内野安打)、悪送球の間にサヨナラとなった。

 いずれも1点たりともやれない場面。打者が投手でも敬遠して塁を埋めるほうが守りやすかったケースとはいえ、“強打者”梶本の存在感も大きかったと言えるだろう。


代打でも起用されたヤクルトの左腕


 投手としては173センチと小柄ながら、抜群の制球力で通算93勝17セーブを挙げたヤクルトの左腕・安田猛も、打撃の良さには定評があった。

 1973年8月2日の巨人戦では、8回二死一塁で奇策を好む三原脩監督に代打起用され、中前安打を記録。そのまま9回のマウンドに上がり、敗戦処理ながら土井正三を二ゴロ、王貞治を三振、長嶋茂雄を投飛と3者凡退に打ち取っている。


 さらに5月15日の大洋戦では、6-6で迎えた延長12回二死二塁のチャンスで安田に打順が回ってきたが、大洋ベンチは敬遠を指示した。

 「バッターボックスに入ったら、キャッチャーが立っている。ビックリしたね。こんなこと野球をやって初めてじゃないかな」と本人も目をパチクリ。

 10回の打席で痛烈な中直を放ったのを見た大洋側が大事を取った結果だったが、安田の敬遠策はピタリと当たり、試合は延長13回の末、時間切れ引き分けに。

 9回からリリーフして5イニングをゼロに抑えたのに、骨折り損のくたびれ儲けになった安田は「投げるほうも久しぶりに調子が良かったので、あそこではどうしても打ちたかったんだ」と勝負してもらえなかったことをしきりに残念がっていた。


文=久保田龍雄(くぼた・たつお)

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