コラム 2023.06.23. 07:04

「悔いを残さないように」…DeNA・楠本泰史の胸に刻まれた“3人のことば”

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DeNA・楠本泰史 [写真=萩原孝弘]

ブレイクを果たした同い年から受ける刺激


 試合を終え、数時間さっきまでの喧騒が嘘のように、すっかり人気のなくなった横浜スタジアムの駐車場。高い確率で楠本泰史のクルマは静かに、遅くまで持ち主の帰りを待っている。

 「別に特別なことをしているつもりはないですよ」とサラリと言ってのけるが、秋季トレーニングでは三浦大輔監督から「ただ一人フェニックスにもいかず、帰ってきてもフルで練習をやった楠本が一番内容的にも濃かった」と一目置かれるなど、練習の虫であることは明白な事実である。

 野球がうまくなりたい。もちろんそこが原点だが、今年10年目でブレイク中の関根大気の言葉にも感化された。


 「大気がよく、“野球選手でいられる時間は有限なので”と言っていて、たしかになと。あの時やっておけばよかったなということは、誰しもがあると思う。野球を辞めるときにやりきったと思えるように、自分がやれることだけは、やってから帰ろうと思っています」

 同じく練習の虫の同級生と話し合い、高め合っている。


 現在の楠本の立ち位置は代打が主。ときにはクリーンアップのネフタリ・ソトに代わって打席に入るなど、首脳陣の信頼は厚い。

 代打の打率は.333と高く、交流戦に限ると5打席中打ち取られたのはわずか1回で、打率は.667まで跳ね上がり、4日の西武戦では代打で勝負を決める一打も放った。37番の一振りは、チームの交流戦初優勝に大きく貢献した。


「代打の切り札」としての役割


 「代打で行くってわかっているからこその準備はできています。中継ぎのクイックタイムだったり、球速帯だったり。先に下調べして、対策を練ることができるんで」。準備万端で打席に向かい、神経を研ぎ澄ませ、結果につなげている。

 昨年は7月下旬に“タイミングを早めに取る”取り組みが奏功。8月は打率.274、9月は打率.345と成績は上向いたことで、バッティングに関しては「特に去年から変えていることはないですね」と方向性は固まった。

 「去年はちょっと9月ぐらいにうまく行きすぎちゃった時期もあった。それも“運も実力の内”ではないですけど、運も重なって抜けているヒットとか、落ちてくれるヒットもあったと思う」と“上ブレ”していたと回想する。

 いまは「それは自分には操作できないこと」と割り切り「練習からアナリストさんたちと打球速度を測ったりはしています。強くボールを打ち返すことを意識して。本当に一打席しかないので、上手く打つとかそういう時間もない。打てると思ったボールを強く打つ練習を、バッティングピッチャーさんが投げてくれるボールを打つときから、意識してやるようにしています」とハードヒット率にこだわりを持つ。

 その結果、「練習の部分から準備していることが、今のところは出ていると思います」と胸を張った。


スタメンでの苦悩と先輩の言葉


 しかし、通算打率は.194と2割にも満たず「今年はスタメンで出たときに、うまく結果が着いてきてないというのはまあ、現状としてあるので……」と自覚はある。

 だが「田代さんとか(石井)琢朗さんも、笑いながら全打席代打のつもりで行ってこいと声かけてもらえるので」とベンチも明るく接してくれているとし、「もちろん結果が出ない、上手く行かないのは悔しいですけど、そんなのはもう結果があることなんで。むしろ逆だったら“代打では上手く行ってない”と見られることですし」と割り切った。
 
 「あまりスタメンで上手く行かないとかマイナスのことは考えずに。そういう運を引いてしまってももったいないと思うんで」とポジティブに運を掴んでいく。


 また、同じ「タイシ」の存在も大きいと言う。昨季からともにプレーする大田泰示だ。

 「あれだけ早く来て練習している人なんで、絶対どこかでチームを救うプレーをしてくれる人だと思っているので。やっぱり上手く行っていないときの行動、姿は勉強になる、見習わなきゃと思っている」と明かし、経験豊富な33歳をお手本としていると明かす。

 「僕も大田泰示さんも、スタメンで使って貰っているときに上手く行っていない事が多いんで、一生懸命やって打てなかったらしょうがないよなと言ってました。“それだけ準備して、練習してダメだったらしょうがねぇだろ。だから投げやりになるのだけはやめような”と」

 ベテランの言葉にも、心を動かされた。


「出たときに悔いが残らないように」


 もうひとつ、楠本の支えになっているのが2021年までコーチを務めていた坪井智哉氏の言葉だ。

 「“控え選手だからっていう見方は、マイナスじゃないよ”って坪井さんが言ってくれていたんですよ」

 それぞれがそれぞれの役割に全力を尽くす。「控えの選手がいて、スタメンが、チームが成り立っている。控え選手がいるから、最後こいつをカバーで使えるとか、ゲームメイクできると言ってくださっていたので、ああ確かになと。やっぱりこう、ソトさんの代走には神里さんがいるからそういうゲームプランが組めるわけで。みんな役割があって、チームとして組めているんだなと思います」と語り、それによってチームが強くなることを実感。

 「僕も下を向かずに、色々な人に励ましてもらいながらやらせてもらっていますね」と改めて周囲に感謝した。


 「代打だから、スタメンだからで準備とか練習に手を抜くつもりはない。出たときに悔いが残らないように、その準備だけは一年間やり続けたいなとは思っている」と、いっそう言葉に力を込めた楠本泰史。

 弛まぬ努力と周囲のサポートでつなぐストーリー。プロ6年間、積み重ねた心技体を武器に、最後に大きな花を咲かせて魅せる。


取材・文=萩原孝弘

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