白球つれづれ2023・第28回
世にも不思議な快記録が生まれた。
9日に行われたセ・リーグの巨人-DeNA(東京ドーム)と阪神-ヤクルト戦(甲子園)。首位攻防の戦いは共に息詰まる熱戦となった。
まず、デーゲームで行われた東京ドームでは延長12回表にDeNAの四番・牧秀悟選手が左翼席中段に決勝の14号本塁打で決着をつける。
それから約3時間半後には、ナイターで行われた甲子園でドラフト1位ルーキーの森下翔太選手が8回に劇的な1号決勝アーチを放った。
両試合共に0-0の相譲らぬ展開に一発で勝利を呼び込む。長い歴史にあって、1日に1-0ゲーム2試合での2本塁打は、セ・リーグでは1973年の阪神・江夏と大洋(現DeNA)のシピン以来、50年ぶり。これが牧、森下共に中央大学出身の“同時同窓アーチ”となれば、史上初の出来事だった。
首位を行く阪神と2位DeNAの差はわずか1ゲーム。
今や侍ジャパンの一員としてWBC世界一に輝いた牧は日本を代表するスラッカーだ。直近はそのWBCからの疲労が抜けず、ミニ・スランプに陥っていたが勝負強さは天下一品。ここぞ、の場面での大仕事は、目下セの打点王らしい。
一方の森下は牧の2年後輩。開幕からスタメンの座を射止めるが、プロのレベルについていけず、2軍落ちも味わっている。
そんな森下を一番に抜擢した岡田彰布監督は試合後にこう振り返っている。
「今日は中央デーかなと思って。(途中交代させずに)残しといた」
本来なら、不動の1番打者である近本光司選手が2日の巨人戦で右わき腹に死球を受け、その後に骨折が判明して長期離脱中。この日のヤクルト先発が左腕の高橋奎二投手だから、大役が回ってきた。その高橋も途中降板しており、それまでの打撃内容も良くない。「代打起用」も考えた指揮官を想いとどまらせたのは、試合開始前の中大出身・牧の劇的アーチだった。仮に同時刻から始まっているゲームだったら、そもそも指揮官は牧の劇弾を目にしていないことになる。
日頃は理詰めの岡田監督が「中大つながり」で森下を打席に送り出した結果がプロ1号の決勝弾だから、野球は何が起きるかわからない。そして、阪神は首位を死守した。
母校の人材確保に一役買う「広告塔」
20年のドラフト2位の牧と、昨年ドラフト1位の森下は「中大の星」である。
母校の創立は1885年、野球部は1930年創部。東京六大学に対抗する形で結成された東都大学リーグの雄として同リーグ一部で25回の優勝を誇る古豪だ。しかし、近年は2部転落と1部復活を繰り返す厳しい時代に突入している。
現在のプロ球界では、牧と森下以外には美馬学、澤村拓一(共にロッテ)や鍬原拓也、鍵谷陽平(共に巨人)らがOBとして名を連ねるが、むしろ阿部慎之助、亀井善行現巨人コーチら引退組の方が有名かも知れない。
先日、日本高野連から今年5月末時点の加盟校と部員数が発表された。
硬式では部員数が前年から2900人余り減って、12万8357人。加盟校も同39校減となっている。
少子化に加えて、私学の経営難。かつては有望選手も難なく集められた名門校も、偏差値のアップで“狭き門”となり、授業料免除らの厚遇で勧誘する地方大学に人材は流れつつある。
中大も例外ではなく、スポーツ推薦で入学できるのは限られる。こうした中から牧や、森下がプロで活躍すれば大学の認知度はさらに上がり、志望校にもなっていく。学校側からすれば、彼らは願ってもない「広告塔」にも成り得るわけだ。
期せずして、岡田監督の“動物的勘”から生まれた中大デー。大学名で野球をやるわけではない。それでも、一日に二度起こった緊迫戦の中の劇的アーチは“中大の奇跡”として語り継がれるだろう。
先輩の牧が貫録をみせれば、若手の森下が食らいつく。共に首位争いを繰り広げる両チーム。これからは直接対決で雌雄を決する時がやって来る。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)