野球ゲームの移り変わりから見るプロ野球史~第29回:激闘プロ野球 水島新司オールスターズVSプロ野球
「驚いたよ。あのドラフトの騒ぎの最中、水島先生のところに行ったら、江川本人がいたんだから」
数年前、大御所のベテラン漫画家とラジオで共演した際に、そんな球界裏話を聞いたことがある。
江川卓が“空白の一日”騒動で日本中の注目集め、まるで犯罪者扱いでマスコミから追われた1978年冬。先輩漫画家の水島新司の自宅を訪ねたら、なんとそこに江川本人が身を潜めていた。
大学時代から江川は、登板試合の録画映像を水島宅で確認するほど親交が深く、水島はローカル局の六大学リーグ放送を受信するために、わざわざ庭にUHFアンテナを設置していたという。
90年代中盤に清原和博がFAで西武から巨人へ移籍する際には、週べ誌上から「何しろ、『ドカベン・プロ野球編』で私は山田太郎(主人公)を西武に入れましたが、“清原がいる限り山田は3番”と決めていたぐらいの存在ですから。せめてあと1年やって責任を果たしてから」なんつって無茶な提言をする先生。
南海時代からホークスとパ・リーグを愛し、なにより漫画を通して野球を世の中に広めた傑作の数々。そんな水島漫画15作品35人のキャラクターがプロ野球に参戦して、実在の選手たちと戦える夢の野球ゲームが存在する。
2003年9月11日にセガからリリースされた『激闘プロ野球 水島新司オールスターズ VS プロ野球』(通称『激プロ』)である。
名作のキャラクターたちがプロ野球選手たちと激突!
プレイステーション2とゲームキューブで同時発売。さらに星野阪神と王ダイエーが日本シリーズを戦った秋には、アーケード版も稼働した。
パッケージ記載の出典作品は、『ドカベン』『ドカベン プロ野球編』『野球狂の詩』『野球狂の詩 平成編』『新・野球狂の詩』『あぶさん』『一球さん』『球道くん』『光の小次郎』『大甲子園』『男どアホウ甲子園』『おはようKジロー』『ダントツ』『ストッパー』『朝子の野球日記』と各時代の名作を網羅。
さらに作品内の秘球や秘打も完全再現している。さすがに世代ちゃうしすべてのキャラは分からへん……という人向けに、ひとりずつ丁寧な選手説明まで収録されているガチ仕様だ。
セガの野球ゲームといえば、セガサターンのリアル系野球ゲーム『グレイテストナイン』シリーズが人気だが、正直なところ本作の操作感はそれより若干もっさりしている感は否めない。
ただ、このゲームのウリは各キャラクターたちの表情やフルボイス台詞が随時挿入され、「ガバァァ」とか「バシィ」といったお馴染みの擬音や派手な演出による秘球と秘打でぶつかりあうという点なので、ゲームテンポの悪さに突っ込むのも野暮だろう。
全盛期の松坂大輔と山田太郎の西武黄金バッテリーとか、里中智の「スカイフォーク」は西武のカブレラに通用するのか……という漫画と現実の融合から、岩鬼正美の「悪球打ち」や殿馬一人の「G線上のアリア」を駆使してペナントモードを勝ち抜くもよし。巨人の清原に対して、ぬぅおおおって唸り声とともに「光の直球」を投げ込む新田小次郎を堪能するもよし。
もはや伸びて光るストレートは画面全体がフラッシュしてボールが見えないが、野球ゲームとしてそれはどうなんだとか冷静に考えたら負けだ。ここは番長ばりに「キン○マついてんのか……って光のタマかっ!」と絶叫しながらフルスイングで応えたい。
“二刀流”も“女子野球選手”も登場
それにしても、20年前のゲームだと言うのに(というかほとんどがそれ以前の昭和の作品なのに)水島新司の先見性にはあらためて驚かされる。
1番バッター兼ストッパーをこなす三原心平(残念ながら両投げは再現されず)、さらに中西球道はゲームの中でも160キロ超えの豪速球を投げ込んだかと思えば、スイッチヒッターの好打者でもある。
激プロプレイヤーズガイドには、中西の紹介文で「非常にシュアなバッティングを見せてくれるため、投手としてでなく打者として起用するのもおもしろい。パ・リーグなら先発時以外はDHに起用してみよう」という早すぎる二刀流プランまで提言されているのだ。
そして、『野球狂の詩』の水原勇気、『新・野球狂の詩』の国立珠美、『朝子の野球日記』の櫟朝子といった女性選手たちも参戦している。
各球団が女子硬式野球チームを創設するずっと前の時代に実現していたガールズレボリューション。彼女たちはSPを多く消費する秘球は数球しか投げられないため、ピッチングの組み立てが勝負を分ける。
アンダースローから120キロ前後のストレート、 91キロのスクリュー、100キロのシュートを駆使して、プロ野球選手たちを翻弄する姿は妙にリアルだ。
東京メッツ……じゃなくて東京ジャイアンツで猛虎打線と対峙する水原勇気のような女子プロ野球選手が、恐らく近未来に誕生することだろう。
漫画と現実がコラボする異色の野球ゲーム『激プロ』。こうなると現在メジャーリーグのホームラン王争いを独走する、誰よりも漫画的なコミック・ジェネレーション大谷翔平と水島漫画のコラボも見たくなる。
なお、水島ファンで知られる栗山英樹は、スポーツキャスター時代に『週刊ベースボール』95年4月10日号で、こんなコラムを書いている。
「今年のプロ野球はここ数年にない盛り上がりを見せている。しかし、これが盛り上がり続けるためには、水島先生の生んだキャラクターに並ぶ個性のあるスター選手が必要。しかし、昨年のイチロー選手のような選手が、根拠はないが、今年も生まれてくるという予感がある。だからこそ、こんなにも持ち通しかったのだ。事実は小説よりも感動なり、これだ」
そして、この17年後に日本ハムの監督となり、大谷翔平という才能と出会った。
水島新司に栗山英樹―――。あの頃、夢みたいな未来を信じた野球狂たちが、日本の野球の歴史を変えてみせたのである。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)