2ケタ勝利への挑戦
勝負が決するまで、マウンドを降りるつもりはなかった。そんな心意気で、タイガースの才木浩人は敵地で懸命に腕を振っていた。
チームは18年ぶりのリーグ優勝を決めても、7年目右腕には力を緩めることのできない確かな目標があった。試合前の時点で今季8勝を積み上げ、初の2ケタ勝利まであと2つ。首脳陣もバックアップを約束し9勝目、10勝目とシーズン最終戦までに2度の登板機会を与える方針だった。
ドラゴンズの右のエース・柳裕也との投げ合いで始まった一戦は、序盤から投手戦の様相。このシーズン最終盤でも才木の持ち前の向上心、探究心に陰りはなかった。「ちょっと感覚を変えて投げた」と武器であるフォークのリリース時の力の入れ具合を改良。やや脱力気味に投じて「抜けきるイメージで投げた方がボールがすんなり落ちてくれる」と手応えを得ていた。
8年ぶりの“偉業”
“新フォーク”とともに、この夜は、直球の球威が最後まで衰えることはなかった。
「まっすぐでファウルを取ったり、フライアウトを取ったり。球数、イニングがいっても押せた」
理想に掲げる直球とフォークが主のパワーピッチを体現し、ドラゴンズ打線を9回まで無得点に封じた。
ただ、味方打線も相手投手陣を打ちあぐね、スコアレスで延長戦へ。この時点で球数は116球。投手コーチからは降板を進言されたそうだが、24歳は力強く首を振った。
「最後、ちょっと代える(降板)って言われたんですけど、わがまま言って投げさせてもらった。ちゃんと期待に応えられるようなピッチングができたと思う」
本人の意思を尊重してもらえたのは、開幕からローテーションで奮闘してきた貢献と成長があったからだろう。延長10回、二死一・二塁まで追い詰められたものの、最後は代打・村松開人を渾身の148キロ直球で詰まらせて左飛。タイガースの投手が先発で10回を投げ切るのは、2015年の藤浪晋太郎以来、8年ぶりの“偉業”でもあった。
勝ち星以上にこだわっていた数字
試合は引き分けに終わり、才木が9勝目を挙げることはなく、初の2ケタ勝利は絶望的な状況に。
それでも、試合後は「ドンマイっす。しょうがない。しょうがないって言ったらあれですけど。そこよりも、しっかり試合を作ってゼロで抑えるってところができているのが一番良かった」と前を向いた。
前回登板は9月14日のジャイアンツ戦、マジック1で迎えた大一番。重圧のかかる中で7回を1失点にまとめ、優勝に貢献するとともに勝利投手となった。
何度か再調整のため二軍に行くことがあったものの、この時期までローテーションの一員として回っているからこそ、この直近2試合のような重圧のかかる一戦や、個人記録に挑む特別なマウンドが巡ってくる。
実は、勝ち星以上に本人がこだわっていたのは防御率。規定投球回には未到達も、この“10回シャットアウト”で1.87と目標の1点台に突入した。
そして、若武者にはクライマックスシリーズ、日本シリーズというさらなる高みを目指す舞台が待っている。2ケタ勝利にも達成感はあるはずだが、緊張感たっぷりの秋を過ごせていることが次代のエース候補の大きな財産になる。
文=チャリコ遠藤(スポーツニッポン・タイガース担当)