白球つれづれ2023・第40回
球界はポストシーズン本番を迎える一方で、「人事の秋」も迎えている。
すでに、巨人の松田宣浩選手や、DeNAの藤田一也選手らが現役引退を表明。
また、3年連続でV逸が決定した巨人では、チームの大改革を巡って先月下旬に山口寿一オーナーが「真剣に考えないといけない」と発言。原辰徳監督の留任を明言しなかったことから、その進退についても注目を集めている。
そんな中で、日本ハムのエース、上沢直之投手に対して、球団が今オフのメジャー挑戦を容認すると言う報道が2日、一斉に流れた。
上沢は、昨年オフにポスティングによるメジャー希望を表明、球団も「選手の夢は尊重する。過去に認めている選手は圧倒的な成績を残したり、優勝に貢献している」(吉村浩チーム統括本部長)と含みを持たせたが、今季の上沢は9勝止まり(1日現在、以下同じ)ながら、年間を通じて先発ローテーションの柱として活躍したこと、最下位に沈むチームにあって数字以上の貢献があったことを評価してポスティングによるメジャー挑戦を容認したと見られる。
日本ハムは元来、大物選手の流失にも寛容な球団だ。
過去にはダルビッシュ有(パドレス)や、大谷翔平(エンゼルス)、有原航平(レンジャースから現ソフトバンク)らが夢を追ってメジャーへの挑戦を決めている。彼らの背中を見て育った上沢が同じ道を希望するのは自然な流れだったかも知れない。今季に入ると情報を聞きつけた複数のメジャー関係者がその投球をチェックするために来日している。
しかし、先輩たちと比較すると実績面では見劣りすることも確かだ。ダルビッシュや大谷はシーズンのMVPを獲得、有原も新人王や最多勝のタイトルを獲得しているのに対して、上沢は無冠で、最も多く勝った21年でも12勝。12年間の通算でも70勝62敗、防御率3.19の数字はエースと呼ぶには物足りない。
同じく今オフのメジャー挑戦が確実視されているオリックス・山本由伸投手に熱視線が送られているため、これまでの注目度も決して高くはなかった。それでも上沢が決断したのは、来年で30歳を迎える年齢の壁である。
「いつまでも目指せる舞台ではないと言う思いはずっとある」と本人が語るように、多くの日本人メジャーリーガーは30歳を前に渡米している。もう、ここは譲れない一線だった。
上沢の目指すべき道は「前田二世」
パワー全盛のメジャーでは、中継ぎ投手でも160キロに迫る快速球を投げる者は少なくない。そんな激しい競争社会で上沢の生きる道はどこにあるのか? スプリットにスライダー、カットボール、チェンジアップなど多彩な変化球を駆使する反面、ストレートの平均球速は150キロに満たない。これまでの日本人で見れば、似たタイプは二人いる。ツインズで活躍する前田健太と前述の有原である。
前田は球威こそ、メジャーに入れば平均的だが“伝家の宝刀”スライダーにシンカーやツーシームをマスターすることで投球の幅を広げて、活路を見出した。逆に有原の場合は右肩の動脈瘤で満足な成績を上げられず、最後はマイナーで幕を閉じた。日本では通用したスプリットも、球威がなければ見極められる。前田にあって、有原になかったものは、針の穴を通す制球力。コーナーの隅々をきっちり衝くことができれば、さしものメジャーリーガーでも簡単には攻略できない。巧みな投球術と精緻なコントロール。上沢の目指すべき道は「前田二世」になる事である。
2年連続最下位の決定した日本ハム・新庄剛志監督は就任3年目の来季に進退をかけることになった。万波中正らを筆頭とした若手選手の成長に楽しみはあるが、今季も60勝80敗1分けの借金生活。オリックスの80勝以上を優勝ラインとした場合、20勝以上の上積みが必要となる。そこに上沢の9勝分がなくなれば、チームはますます苦しくなる。だからこそ、上沢にも失敗は許されない。
メジャーでは12月に行われるウインターミーティングで大きなトレードなどがまとまり、その後、不調に終わったチームなどが第2弾の選手補強に走る。メジャー関係者の話を総合すると上沢の場合はメジャー契約が勝ち取れるか、どうかの当落線上にいるようだ。場合によってはマイナー契約後にメジャーを目指すこともあり得る。
茨の道をバラ色に染め変えるのも上沢の右腕次第。かつての僚友・大谷のピッチングは右肘手術のため来季は見ることが出来ない。それならメジャーのルーキーが夢を見せて欲しい。朗報が届く日が待ち遠しい。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)