コラム 2023.10.25. 06:59

“逆輸入”でのドラフト指名なるか 米大学トップレベルで活躍する大山盛一郎が目指すプロへの道

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全米1部のカリフォルニア大アーバイン校でプレーする大山盛一郎 (C) UC Irvine Athletics / Matt Brown

全米最高峰リーグで二塁手の最優秀選手に


 米大学の野球シーズン後となる6月から夏にかけて、全米各地で行われるサマーボール。その中でもメジャーリーグのドラフト注目選手らが集まり、最もレベルが高いと言われるのが、マサチューセッツ州で行われる“ケープコッド・ベースボールリーグ”だ。

 招待された選手だけが参加できる同リーグに今年、全米大学体育協会1部(以降DⅠ)のカリフォルニア大アーバイン校(以降UCI)でプレーする大山盛一郎(じょういちろう)が参加し、自らが所属するチーム「オーリンズ・ファイアーバーズ」を決勝に導く活躍を見せた。

 同チームのケリー・ニコルソン監督が、「ジョーはダイナミックな選手。攻守においてインパクトを与えることができる。MVPになってもおかしくないほどの活躍ぶりだった。素晴らしいチームメイトでもあり、もし彼がオーリンズの町長に立候補していたら当選するんじゃないかというほど、町の人気者でもあった」というように、レギュラーシーズンでは出場した39試合すべてに先発出場し、リーグ5位の打率3割6分、6三塁打は同1位、54安打、35得点、25四球は2位、11二塁打は3位タイという好成績を残した。

 レギュラーシーズン終盤には週間最優秀選手賞を受賞、23年シーズンの二塁手の最優秀選手にも選ばれた。プレーオフを勝ち抜いて進出した3回戦制の決勝では、相手に先勝された第2戦で1本塁打、二塁打2本の4打数3安打とチームの勝利に貢献、優勝がかかる最後の1戦では、先頭打者として第1打席と第2打席にソロ本塁打を放ったものの、ファイアーバーズはこの2得点に抑えられ、涙を呑んだ。


「負けましたけど、すごくいい経験で、一瞬一秒めっちゃ楽しかったというのが、今年の夏の感想です。毎試合楽しくて、約3カ月、一瞬で終わっちゃったぐらいです」

 優勝を掴めなかった試合後は、涙を流した。しかし、それから1カ月以上が経った時に会った大山は、全力で戦いきったアメリカでの夏を笑顔で振り返った。それは、日本で高校球児だった5年前とは全く違う夏の終わり方だ。


怪我で断たれた甲子園でプレーする夢


 沖縄の名門、興南高校出身の大山は、3年生だった2018年の夏、甲子園出場を果たしたチームで背番号「5」を身に着けていた。しかし沖縄大会の準決勝前日あたりから肘が思うように動かなくなり、それまではずっと出場していた試合も出られなくなっていた。3年生になって、はじめてもらった夏の背番号だった。だが、ずっと夢見てきた甲子園でプレーすることはなかった。試合に出られていたら、いろいろな思いも込み上げていただろうが、「試合に出ていないので」泣くことはなかった。

 高校野球が終わり、自らの進路を考えた。ふと手にした雑誌にはアメリカの野球の記事が載っていた。

「小さい頃からイチローさんを見ていたのでメジャーリーグに興味がありました。YouTubeでスーパープレー集を見たりしていました」

 日本の大学から勧誘はなかったが、野球は続けたかった。「じゃあ、アメリカに行って野球をやろう」。それが最初の一歩だった。

 まずはカリフォルニア州のマーセッドカレッジに進学。1年生でロスター入りを勝ち取った。

「みんな大きいな、力あるな、身体能力高いなというのはありました。でも技術面では別に劣ることはなかった」

 ただ打撃に「波があった」ことと、「結構考えるタイプだった」ことからコーチに勧められて、メディテーションを始めた。

 20年にはパンデミックで野球ができなくなったが、これが転機となった。その間に筋トレを集中的に行い、体重が15キロ増えたのだ。すると野球が再開した時に打球が伸び、ホームラン数が増えた。

 元々守備には自信があり、足も速かった。そこにパワーが加わり、メディテーションにより集中力が上がった大山は、大学のコーチ達が見に来る“ショーケース”で能力を認められ、UCIからオファーを獲得。

 同大に見学に行った時に「コーチ一人一人が親身になって考えてくれているのがわかった」と即、編入を決めた。編入前の夏には、西海岸北部で行われているサマーボール、“ウエストコーストリーグ”に出場して共同MVP(最優秀選手)に選ばれた。その時にケープコッドリーグで20年以上指揮を執っているニコルソン監督から勧誘された。




大きな成長に繋がったアメリカでの指導法


 短大に入って野球を始めた時に、もう一つ感じたことがある。

「みんな楽しそうに野球をやっているな」ということだった。

「例えば逆シングル。日本だったらこう取れっていうのがあるんですけどアメリカ人はジャンピングスローをしたり、アウトにするために本能で動いているというのは違うなと思いました」

 また打撃にしても身長168センチの大山は、「日本では、小さければ三遊間打って走れと言われていましたが、米国でそれをすると、『なぜそんな野球をするの?』と聞かれました。それでバッティングを一から変えました」

「自分は日本人なので、最初は基本の基本にってなっていたんですけど、『型にはまるな』『もっと柔らかく』『もっと自分を出していいよ』ということを教えられました。アメリカ人の選手はみんな本能で動いています。もちろん確率って求められるんですけど、一か八か勝負してアウトにできるというプレーをここアメリカで始めて見て、面白いなと思いました」

 決まったやり方にとらわれるのではなく、もっと自分を表現する。そんなやり方は、自らに合っていた。

 練習もそうだ。アメリカでは試合数が多いため練習時間は短い。だからと言って、空いた時間をだらだら過ごしているわけではない。

「アメリカ人めちゃくちゃ練習しますよ。練習が短くてもみんな結局野球が好きなので、上手くなりたいというのが誰でもあるので、ウエイトしたり、夜に(練習施設に)戻ってきてみんなで打ったり、そういうのは凄くします。もう自分よりも練習する奴めちゃくちゃ多くて、みんな真面目。野球が好きなんだろうなと思います」

 
 怒る、怒鳴るではなく、褒めて伸ばすアメリカのコーチの指導法も気に入った。

「自分は怒られるのがあまり得意じゃないんで。やっぱり褒められたいじゃないですか」と大山。

「こっちで怒られたことは1回もないです。良かったらワーってなるし、悪いところがあっても怒るじゃなくて、ちゃんと話してくれる。プレーを一緒に振り返ってくれて、『こうやっても良かったんじゃない?』とアドバイスのように話してくれます」

 好きだから野球をし、上手くなりたいから練習している。自らに同調しながら指導して貰えたことは、大きな成長に繋がった。


アメリカで咲いた華を日本で輝かせたい


 ケープコッドリーグでプレーしていた時、同じく短大からDⅠに編入、前年ケープコッドで活躍していた友人、オレゴン大の西田陸浮がメジャーリーグのホワイトソックスから11巡目指名を受け、「刺激になった」と言う。

 自らにもメジャーリーグのスカウトが興味を持ってくれているとの連絡も入っており、代理人からの売り込みもある。だが、今一番行きたいと思っているのは日本のプロ野球。もし26日のドラフトで指名されれば、大リーグドラフトの可能性を諦め、現在4年生の大学卒業をオンライン授業に変えたり、遅らせたりしてでも入団するつもりだ。

「チャンスがあればいきたい。プロ野球選手、カッコイイので」アメリカで咲いた華を日本で輝かせたいと思っている。

 もっとも、この夢が叶わなければ、大学4年生のシーズンで全米大学野球選手権に出場し、8強に勝ち進んだ大学だけがプレーできるネブラスカ州オマハでの“カレッジ・ワールドシリーズ”を目指す。日本の高校野球で言えば、甲子園に出場し、ベスト8に入ったチームだけがプレーできる特別な舞台のようなもので、今年の大会で8強まであと一つというところで敗れた西田も、プロに行かずに大学に残って、もう一度をオマハを目指そうかと考えたほどの場所だ。

 2024シーズンに大山がプレーする場所は日本になるのか、それともアメリカなのか。

 確かなことは、どこでプレーすることになろうとも大山は大好きな野球を楽しんでいるということだ。

「野球はずっと楽しい。打てない日もいっぱいあるんですけど、野球を楽しくないと思ったことは一回もありません」

 野球ができることの幸せを胸に白球を追い続ける。


取材・文=山脇明子
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