課題のリリーフ投手を立て続けに補強
原巨人の解体と、阿部巨人の再生。
このストーブリーグの巨人の動きは、まさに2年連続の4位に終わったチームの「破壊と再生」である。ついに通算17年にも及んだ原政権に終止符。いつの時代も、抜本的な組織改革には勇気がいる。なぜなら、それまでのチーム編成を自ら否定することでもあるからだ。
監督交代というのは、ある種のリセットボタンでもある。阿部慎之助新監督の就任後、まず手を付けたのはリーグ5位のチーム防御率3.39の投手陣再編だ。ドラフト会議では1位西舘勇陽(中大)、森田駿哉(Honda鈴鹿)、又木鉄平(日本生命)と大学・社会人の即戦力候補の投手を立て続けに獲得した。
さらに力を入れたのが、23年にリーグワーストの救援防御率3.81と崩壊状態だったブルペンの再構築である。アダム・ウォーカーとの交換トレードで、ソフトバンクから高橋礼と泉圭輔が移籍。オリックスからは金銭トレードで通算204登板のベテラン右腕・近藤大亮を獲得した。
なお、ウォーカーは22年に23本塁打を放ち、長打率515はリーグ2位という現在の投高打低の球界では貴重な長距離砲だが、スローイングに大きな不安があり、セ各球団はレフト前ヒットが飛ぶと走者は躊躇なく次の塁を狙った。今季は同じく外野守備で軽率な凡ミスの目立ったブリンソンとの併用は難しく、出場機会が前年の124試合から57試合に激減。そのパワーは魅力的だが、DH制のないセ・リーグではいかんせん守れる場所がなかった。同時に一発屋ウォーカーの移籍は、20年日本シリーズでソフトバンクに2年連続の4連敗という完全なる力負けを喫して以降、タツノリが追い求めたパワー偏重の野球にピリオドが打たれたことを意味するだろう。
異例のライバル球団から獲得したリリーフ右腕
超一流選手は続々と海の向こうのメジャーリーグを目指し、NPBは12球団平等のスーパーフラット化が進む———。このオフもサウスポー山崎福也のFA争奪戦に敗れたように、一昔前の巨人を象徴するFA選手の乱獲が難しくなり、トレードで地道に“補強”というより、弱点を“補充”していく。そんな令和の巨人軍のリアル。
19年に12勝を挙げた高橋礼について、阿部監督は先発起用を明言しているが、20年には中継ぎとして52試合に登板しており、リリーフ経験も豊富だ。一方でトレード獲得した投手たちはそれぞれ実績はあるものの、今季は高橋礼(5試合0勝2敗、防御率10.80)、泉(3試合0勝0敗、防御率16.88)、近藤(12試合0勝1敗、防御率5.11)と全く結果を出せておらず、いわば復活への期待値込みでの獲得。要は「環境さえ変われば化ける(再生する)可能性がある」面々というわけだ。
だからこそ、現役ドラフトでの馬場皐輔の獲得は非常に大きな意味を持つ。阪神のリーグ屈指のブルペン陣において、登板機会こそ多くはなかったが、今季19試合で防御率2.45、WHIP1.14という一定の成績を残した。今の巨人のブルペン陣は中川皓太、バルドナード、高梨雄平ら左腕の好投手が揃うものの、クローザーの大勢や船迫大雅はサイド右腕。右のオーバーハンドの中継ぎ投手は、今季50試合で防御率3.40の菊地大稀、33試合で防御率6.59の鈴木康平、30試合で防御率5.51の田中千晴と極端に手薄で、いわば馬場は補強ポイントに合致する人材だった。
同リーグのライバル球団からという現役ドラフトがなければ実現しなかったであろう移籍だが、21年の44試合を超えるキャリアハイの登板数と、セ界の巨人・馬場グッズ展開を期待される“ジャイアンツ馬場”の誕生だ。
中田のオプトアウト権行使が意味するもの
第2回現役ドラフトで、その馬場と入れ替えで、巨人からヤクルトに移籍したのが北村拓己だ。21年に53試合(92打席)で打率250、4本塁打、OPS731と飛躍するかに思えたが、門脇誠や中山礼都と自分より若い内野手の出現で起用の優先順位も下がっていた。さらに秋のドラフトでも社会人内野手の泉口友汰を4位指名と、チーム内の世代交代が進行中。まだ若いと思っていたら、気がつけば自分も中堅社員になってしまうあの感じ。今季一軍では、27試合で打率.206と低迷するも、二軍では打率.305、OPS872と一定の成績を残した。内野なら全ポジションが守れてパンチ力もある北村を評価する声は多かった。
馬場と北村、共通するのは現在「28歳」という年齢だ。ともに95年生まれの17年大卒ドラフト組。プロで6年間を過ごして、野球選手としてはもう若くはないが、まだリスタートがきく年齢とも言えるだろう。
このオフ、北村、ウォーカー、中田翔、中島宏之と多くの右打者が(シーズン中には廣岡大志や石川慎吾もトレード移籍で)巨人を去ることになったが、やはり話題を集めたのは中田の中日移籍だった。3年契約の途中で自ら契約を破棄できるオプトアウト権を行使して自由契約選手となり、新天地を求めた。
来年4月に35歳になる中田からしたら、残りの野球人生を考えスタメンで常時出場したい。その為には獲得球団に補償が必要なFAではなく、自由契約選手の立場で移籍先を探したい。巨人側は一塁バックアッパー兼代打の切り札としてベンチにいてほしいが、その役割に年俸3億円を出すのはコストが高い……とオプトアウト権行使は双方にメリットがあったのも事実だ。
一方でこの流れには、時代の流れを感じざるを得なかった。一昔前の巨人なら年俸がいくらでも、表現は悪いがとりあえず中田をベンチに置いておいたはずだ。それができたのが巨人の強みでもあり、球界屈指の選手層の厚さにも繋がっていた。仮に岡本和真や坂本勇人に万が一のアクシデントがあった場合、背番号10がいるのといないのではベンチワークに大きな差が出るだろう。だが、中田は巨人のユニフォームにはこだわらなかった。昭和から平成にかけて、圧倒的な人気を誇った巨人ブランドに固執するあまり、自らのキャリアを縮めてしまうような選手も多々いたが、中田の移籍の決断はそういう時代が終わったことを意味していた。
だから、阿部監督は「V9時代はこうだった」的な提言をする広岡達朗や堀内恒夫……じゃなくてOBたちの意見は適当にスルーしていいと思う。なぜなら、V9はもう半世紀前の栄光だからだ。もはや当時とは球界の背景やシステムが違いすぎる。伝統を捨てる必要はない。だが、過去に縛られた組織に未来はない。
大型補強も強奪も今は昔———。欲を言えば、阿部監督の就任祝いに外野を守れる大物メジャーリーガーの獲得で後押しといきたいところだが、この円安で日米年俸格差が広がる今、それも現実的に難しい。阿部慎之助は近年の巨人監督では、最も厳しい状況で指揮を執る新監督でもある。ある意味、地味なストーブリーグだが、巨人ファンの反応が意外に好意的なのも、そこに時代の変化を受け入れ、フロントも現場もチームを変えようとする意志が見えるからではないだろうか。
2024年シーズン、球団創立90周年を迎える巨人に求められるのは、「栄光の過去との決別」、そして「原巨人からの脱却」である。
文=中溝康隆(なかみぞ・やすたか)