コラム 2024.03.08. 18:13

野球が「グローバルゲーム」に変わる時、そのカギを握る欧州【侍ジャパンシリーズ総括】

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欧州代表 ©WBSC
 この春の侍ジャパン強化試合は、「ヨーロッパ(欧州)代表」を相手に京セラドーム大阪での2連戦という形で行われた。

 野球にあまりなじみのない大陸からの選抜軍ということもあり、盛り上がりに欠けるとも言われたが、蓋を開けてみると、連日2万5000人を越えるファンが球場に足を運び、ゲーム中も親善試合的なシーンが時折みられるなど、それなりの成功を収めたと言えるだろう。なんと言っても、第2戦目の継投での完全試合は、侍ジャパンから足を運んだファンへの大きなプレゼントになった。

 しかし、無名の選手ばかりの混成チーム相手ということで、ファンの注目はもっぱら侍ジャパンの選手に向き、報道各社も大会の盛り上げには腐心していたようだ。たまたま顔を合わせた旧知の解説者も、「相手選手については全然わかんないですね」と苦笑していたし、試合後の会見でも、日本側からはなかなか欧州の選手の個別の名は出てこなかった。

「欧州代表」と言っても、その実態はロースター28人のうち、15人がラテンアメリカ・カリブ地域にルーツをもつ者で、これにアメリカとヨーロッパとの二重国籍者2人が加わり、残りがヨーロピアンという混成チームだ。それは「世界野球の草の根」を支えている者たちの集まりと言っていい。それを欧州代表監督、マルコ・マッツィエーリ監督は「グローバルチーム」と表現した。


マルチナショナルなヨーロッパ野球


 この2連戦、試合前に君が代とともに場内に流れたのは、ベートーヴェン作曲の「欧州賛歌」だった。その曲が流れる中、欧州代表の面々は、帽子をとって、センタービジョンの上に日本国旗とともに掲げられている欧州連合旗を眺めていたが、その彼らの心持ちは、日の丸を見つける日本代表の面々が抱いているだろう「愛国心」とは全く違ったものだったに違いない。それは「ヨーロッパ」に対する忠誠心というよりも「欧州」の名の下、野球プレーし続け、「世界一」の侍ジャパンと対戦する舞台を用意してもらった「感謝」というべきもだっただろう。

「スリー・パスポートね」と言うのは、初日に3打数2安打の活躍を演じたダニエル・ヒメネスだ。現在はメキシカンリーグでプレーしている彼は、今回、その所属を「スペイン」と示されているが、母国ベネズエラ、拠点にしているメキシコ、そしてスペインの3つのパスポート持っている。

 所属チーム、キンタナロー・ティグレスの本拠、カンクンに居を構え、ウィンターシーズンには、実家のあるベネズエラ・カラカスで生活している。
「スペインに行くのは、秋に国際大会があるときだけだね」の彼の言葉どおり、「チーム・スペイン」は、彼のようなマルチ・ナショナリティの選手をかき集め、オランダ、イタリアの「二強」を制して昨年の欧州選手権を制した。

 彼のベネズエラでの所属チーム、ラグアイラ・ティブロネスはこの冬、リーグ・チャンピオンシップを制し、カリビアンシリーズに駒を進め、ここでも優勝を飾った。しかし、マイアミで自軍が歓喜に沸いているその輪に彼は加わることはなかった。

「もちろん行きたかったよ。でも、カリビアンシリーズに出るチームはシーズンとは別物なんだ。夏のアメリカでの契約が決まった選手の中には出場しない選手もいるし、補強選手制度があるんで、10人くらいメンバーが入れ替わるからね。もう代表チームみたいなものだよ」

 カリブの強豪、ベネズエラの「代表」にはなることができなかったが、彼はスペインのパスポートを利用し、「欧州代表」として日本にやって来た。
このようなマルチナショナルな状況は、ヒメネスが擁するスペインに限ったことではない。昨年のWBCで東京ドームを沸かしたイタリア代表も似たような状況だった。試合中のベンチにエスプレッソマシンを置くなど、「イタリアらしさ」を頻繁にメディアで取り上げられていた、メジャーリーグのレジェンド捕手、マイク・ピアッツァ率いるイタリア代表だったが、エスプレッソ・マシンは演出にしか過ぎず、監督以下メンバーのほとんどをイタリア系アメリカ人で占められるこのチームに対して、冷めた声も関係者から挙がったという。

「地元の人間が聞いたこともないアメリカの選手ばかりの『代表』チームをイタリア人の誰が応援するのかい?」



侍ジャパンに対するあこがれ


 侍ジャパンと対戦した欧州代表のまなざしは、かつての日米野球での日本の選手に似かよっている。

 大会前、何人かの選手は今回の侍ジャパンのメンバーを気にしていた。一体だれがメンバー入りしているのかと。彼らの関心は、昨春の「世界一」メンバーが入っているのかということだった。とくに台湾での第一次ラウンドで惜しくも東京行きの切符を逃したオランダ代表のメンバーはそうだった。

「ムラカミはいるのか?ササキはいないのか?」

 村上がメンバー入りしていると聞くと、彼らは喜び、大会が終わったら、ジャージを交換するんだと互いに言い合っていた。

 ほとんどが、地元リーグ、もしくはマイナーリーグでしかプレーしたことがない彼らにとって、野球で日本にやってくることは人生においてもまれなことである。1000~2000ドルのギャラを得て、「世界一」の侍ジャパンと対戦する経験は、野球を続けてきたからこそできた体験である。その「一生の晴れ舞台」に家族を連れてきた選手もおり、彼らはスケジュールの合間を縫って大阪の街を堪能していた。

 しかし、彼らは決して物見遊山で日本にやってきたわけではない。侍ジャパンとの対戦経験を今後の野球人生に活かそうとする選手、これからの契約を勝ち取るためのアピールに必死な選手。彼らには彼らなりのプロフェッショナリズムがあるのだ。

「日本でプレーしたいよ。そこんとこちゃんと書いてくれよ」と何人もの選手に声をかけられた。彼らの憧れは、侍ジャパンだけでなく、日本野球・NPBにも向いている。

 今回のシリーズは、欧州代表にとって0勝2敗に終わった。前回は星ひとつ取っているが、今回は「世界一」の層の厚さを見せつけられたことだろう。しかし、この経験は参加した選手だけでなく、彼らの帰る先の野球にも大きな糧をもたらすに違いない。

 シリーズが終わって翌日には、選手たちは帰途についた。その帰る先は、ある者にとっては、職場のある母国であり、またある者にとっては、この春からプレーするチームのキャンプ地であったりする。

 欧州代表のイタリア人、マッツィエーリは、ヨーロッパ野球の発展に立ちふさがる「長い冬」というフレーズを何度も口にしていた。「欧州代表」の選手たちが日本から持ち帰った野球の種は、「長い冬」を終えたヨーロッパの大地に実りをもたらすに違いない。
 

文=阿佐智(あさ・さとし)
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